第385話 情報戦

 初戦はハルビニア軍が勝利して、野営陣地だけでなくカッサンドルフの城壁でも、戦いの様子を見ていた兵士たちもが勝利に湧きだっていた。

 そんな中、ルディが気難しい顔をして考え事をする。


「ルディ君は勝ったのに喜ばないんだな」


 その様子に気付いたレインズが声を掛けると、ルディは気難しい顔のまま頷いた。


「勝ったと言っても、25万のうちの3千人です。浮かれるには戦果が小いせぇですよ。それに、今のは戦いじゃなくて、こっちにはこんな兵器があるんだぞ、というドッキリみてえなもんです」

「……確かにその通りだな。あのローランドに勝って俺もつい浮かれてしまった。気を引き締めよう」

「……レインズさんは相変わらずストイックですね。僕、参謀だからぬか喜びしねーだけで、大将は勝ったら素直に喜びやがれです」


 ルディが言い返していると、ナオミが会話に割り込んできた。


「それでどうだ? ローランドには勝てそうか?」

「どーですかねー? 相手次第としか言えねーです」

「相手次第?」


 首を傾げるルディにレインズが説明を求めてきた。


「もし、ローランドが全軍で押し寄せて来たら、ししょーが居てもこの陣地が落とされるです。それだけの兵が敵に居るです」


 ルディの話に、ナオミとレインズが頷く。


「ただそーすると、向こうも相当の被害を出すです。そこへこっちの騎兵を突撃させれば、ローランドの方も被害デッカくなって、引き分けで終わるです。それは、バイバルス王も望んでねーと思うです」

「……ふむ」


 ルディの戦術観にナオミが頷く。

 一方、レインズは今の話を聞いて、ある事に気付いた。


「ルディ君。戦争が始まる前、数人の兵士に戦略を漏らすように命令していたな。それはもしかして……」

「気づいたですか? そーです、わざとこちらの情報を教えて、敵の行動をコントロールしてるです」

「そんな事ができるのか⁉」

「こっちは戦術的に動けねーです。だったら、相手の方をこっちの思う通りに動かした方が戦略が立てやすい。ちゃうですか?」

「…………」


 今までそんな戦略など聞いた事がない。

 レインズはルディの戦略に目を見開いた。


「所謂、情報戦です。本当と嘘を交えて敵の動きをコントロールする。これも一つの戦略です」

「はははっ。その情報戦でバイバルスを動けなくしたか!」


 ルディの話が面白かったナオミが笑う。


「ローランドの銃兵の弱点、生命エネルギーとか訳分からんモン消費するから、連戦が不可能です。騎兵が銃兵に勝てる唯一の条件よ」

「という事は、本当の戦いは西のローランド軍か……」


 西から別動隊の5万の兵がカッサンドルフに近づいている。

 レインズがそう言うと、ルディが頷いた。


「そのとーりです。こちらの騎兵を潰さない限り、ローランドは負けねーけど勝てもしねーです」




 翌日になって、ローランド軍に動きがあった。

 本陣の20万の兵士のうち5万の兵が西への移動を開始する。

 分離した5万の兵は、カッサンドルフに近寄らずに西門へ移動して、巨大な招き猫に遭遇した。


「な、何だアレは⁉」

「あれが、招き猫か……」

「猫が西門を塞いでいるぞ」


 話には聞いていたが、実物を見たローランドの兵の間からどよめきが起こる。


「ニャーーーー?」


 そんな彼らに対して、西門にすっぽりハマっている招き猫が声を出した。


「しゃ、喋った!」


 招き猫の鳴き声に、ローランド兵が驚く。


「落ち着け、ただ鳴いただけだ!」


 軍を率いる将校の声に兵士は落ち着きを取り戻すと、千人の兵が城門に近づいて招き猫に向けて銃を構えた。


「ウニャーーーー‼」


 招き猫が大きな声で鳴くと、カッサンドルフの城壁から千人近いハルビニアの兵士が現れた。

 そして、銃を構えていたローランド兵に弓矢を構える。


「放て‼」


 西門の防衛を任されていた、カルリオン子爵、セラノ男爵、テルエル男爵の号令と同時に一斉に矢が放たれた。

 突然姿を現したハルビニア軍に驚くローランド兵に、次々と矢が突き刺さり、ローランドの兵士が慌てて逃げ出した。


「クソ‼ 下がれ!」


 ローランドの将軍が、苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべて兵を退かせる。

 ローランド軍の魔法銃の射程は300m。一方、ハルビニア軍の弓の有効射程は100mにも満たないが、彼らは城壁から射撃しており、高低差から300mならギリギリ有効射程内に入っていた。


 兵を引いたローランド軍は本陣に戻らず、西門から800m離れた先で陣を敷いた。




「…バイバルス王……さすがです……」


 ナイキからの監視衛星で監視していたルディは、ローランド軍の行動に顔をしかめていた。


 今のローランド軍は北に15万、西に5万。そこへあと数日もしないうちに西から5万の兵が到着する予定だった。

 ルディの予想では、西から来る5万の兵と西の軍が合流して、10万の兵がカッサンドルフの南周りで東へ進軍する。

 もしそうなれば、南部は今のままでの防衛力では守り切れなかった。


「まさかこんなに大きく南に戦力を割くとは思わなかったです。あっちも騎兵が勝利の鍵を握っているの、把握してやがるですね……」


ルディはそう呟くと一部作戦を変更して、騎兵を指揮するセシリオ軍務大臣に手紙を認めた。

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