第384話 闘争心燃ゆ

 翌日。

 日の出と同時に、ローランド軍3千の兵がハルビニア軍の北の野営陣地に向かって進軍を開始。

 一方、野営陣地では、敵を迎え撃とうとバリスタの用意を始めていた。


 この1カ月でハルビニア軍の兵士は、3万から5万に増えていた。

 まずクリス国王に応じた戦争賛成派と中立派の準備が整い、追加で応援に来た。

 そして、カッサンドルフがローランド国に奪われて、地方債が紙くずになるのを避けたい戦争反対派の貴族が兵を送ってきた。

 応援に来た兵士は全員ブートキャンに送って鍛え直して、バリスタの使い方と弓の射撃をとことん鍛えさせた。




 周りが慌ただしい中、ルディ、ナオミ、レインズは敵を見ながら会話をしていた。


「レイングラードで無駄に大軍を送った人物とは思えねえぐらい、慎重ですね」


 ルディが左目のインプラントを望遠モードに切り替えて呟く。

 レイングラードの戦争で、ローランド軍は戦略もなにもなく、ただ大軍をごり押ししただけだった。それでカールが率いるゲリラ部隊に補給ルートを潰されて、せっかく用意した大軍が動けなくなっていた。

 だから、今回もローランド軍は大軍でごり押しするかと思いきや、一部の軍だけを動かして、こちらの戦力を確認してきた。


「慎重に敵を見極めてから戦う。これが本来のバイバルスだ。ここ最近は戦場に出てこなかったが、さすがにカッサンドルフを奪われては出ざるを得なかったらしい」


 ナオミの話を聞いていたレインズが驚いて目を見開いた。


「……バイバルス王が来ているのか!?」

「間違いない。ヤツは来ている」


 ナオミはそう言うと、口角の片方を尖らせて不敵な笑みを浮かべた。




 ローランド軍の陣地でもバイバルスが櫓に登って、ハルビニア軍の動向を眺めていた。


「出てこないか……」


 3千の兵を向かわせてもハルビニア軍に動きがなく、バイバルスが呟いた。

 あの軟な陣地では守れない。だから、敵が少数なら撃って出るかもと考えていた。だが、敵は進撃する様子がない。

 つまり、あの陣地には何か秘策がある。


「さて、どんな手段で防衛するのか楽しみだ」


 バイバルスは敵であるにも関わらず、どう戦うのか期待して楽しそうに笑った。




 野営陣地まで残り500m。

 進軍していた3千のローランド兵の前に、有刺鉄線の壁が立ちふさがった。


「何だコレ?」

「痛てぇ! 棘が刺さって渡れねえ‼」

「クソ、切れねえ!」


 有刺鉄線に多くの兵士が悲鳴を上げた。

 通ろうとしても棘が刺さり通れず、棘が刺さって出血する。

 ぐるぐるに巻かれた有刺鉄線は柔らかく、剣で叩いても曲がるだけで切れなかった。


「何をしている! 進め‼」


 進まぬ兵に苛立ち、部隊を指揮する将軍が背後で叫ぶ。

 だが、立ちはだかる有刺鉄線の前に、兵たちは進む事ができなかった。




「全員、照準‼」


 野営陣地でハクの怒声が響き渡り、50台のバリスタが一斉に動き出す。

 バリスタにはグレネード付きのボルトが装填されており、それが400m先のローランド軍に向けて狙いを定めた。


 野営陣地を異様な静けさが包み込む。

 この初撃の結果で戦争の雌雄を決する。全員が緊張して、ハクの命令を今か今かと待っていた。


「発射ーー‼」


 ハクの号令と同時に、バリスタから一斉にボルトが放たれた。

 50本のボルトが空気を切り裂いてローランド兵に迫る。

 空気の音に気付いたローランド兵が顔を上げた途端、多くの兵にボルトが突き刺さった。

 同時にグレネードの信管が起動。

 敵味方関係なく全員が見守る中、戦場に響き渡る大爆発が起こった。




「……なっ⁉」


 突然の大爆発にバイバルスが目を見張る。

 何か秘策があるのは分かっていた。だが、それがこちらの銃と同じ火力を持った攻撃とは夢にも思わなかった。

 同時にバイバルスはハルビニア軍の戦略を理解した。

 ハルビニア軍は野戦を選んでなかった。こちらの勝利条件が、カッサンドルフ、もしくは、ピースブリッジの奪還だと分かって、防衛ラインを広げた籠城作戦だった。


「あくまで防衛に徹するか……くっくっくっくっ……ははは、わはははは!」


 味方が負けているにも関わらず、バイバルスが大声で笑う。

 そして、戦いの最中なのに初戦は負けだと、最後まで見届けずに櫓を降りた。

 彼は久しぶりに出会った好敵手に、己の中に眠る闘争心が燃えていた。




 野営陣地では、グレーネードの爆発と敵の惨状に全員が唖然としていた。

 グレネードの爆煙が風に吹かれて晴れた後、残ったのは怪我を負って地面に倒れて苦しむ多くの兵だった。


「何をぼけっとしてるですか! 次射の用意をしやがれです‼」


 ハクを含めて全員が動かない様子に、背後からルディの檄が飛ぶ。

 ルディは中途半端な状態で撤退させるよりも、相手に深い恐怖心を植え付ける方を選択した。


「装填‼」


 ルディの檄にハクが正気に戻り、大声で命令を叫ぶ。

 その命令に兵士たちが慌てて次射の準備を始めた。




「いったいどうなっている……」


 突然の惨状に、ローランド軍を指揮していた将軍は茫然としていた。

 前線を見れば死屍累々の惨状、周りの兵はそれに恐怖して、今にも逃げ出そうとしていた。


「将軍、命令を!」


 側近の兵が彼に向かって大声で叫ぶ。

 だが、将軍は現状を理解できず、正気を失って声が出せなかった。

 そこへハルビニア軍から、次の攻撃が放たれた。


 将軍が気づいた時には既に遅く、バリスタのボルトが側近の胴体に突き刺さった。

 ボルトに装填していたグレネードの信管が起動して、爆発が将軍を襲う。


「あっ……」


 それが将軍の最後の声だった。

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