第386話 バベルの到着

 数日後。

 西の街道を通って来たバベル将軍率いるローランド軍5万の兵が、本陣から分裂した西の陣と合流した。


「ふむ。あれが招き猫か……大きいな」


 バベルは陣に合流するなり、遠くからでも大きく見える招き猫を見て、あれだけ巨大な物を精巧に作る技術に興味が湧いた。


「近づくと城壁から弓を撃たれますよ」

「分かっている」


 案内役の兵士の警告にバベルが頷く。だが、数歩前に出ると魔法を詠唱して右手を掲げるや、空中に燃える槍を生み出した。


「紅蓮の槍よ行け」


 バベルの放った炎の槍が600m先の招き猫に直撃して、爆発が起こった。


「うにゃ?」


 攻撃を受けた招き猫が一鳴きする。

 爆発が消えた後には煤焦げた跡だけが残った。


「頑丈だな」


 バベルは一言だけ呟くと、踵を返して陣に戻った。


「…………」


 突然の出来事にバベルを注意した兵士は、口を半開きにしてバベルの後ろ姿を見送っていた。




「……つまり、私は卿と合流して、カッサンドルフ南側から騎兵を攻めれば良いんだな?」

「それが陛下の命令だ」


 西の陣のテントの中で、バベルは陣を指揮するオレオン将軍から、現在の戦況とバイバルスの命令を聞いていた。


「本陣から5万か……陛下も随分と思い切ったものだ」

「私もハルビニアの新型兵器を見たが、我が国の銃にも引けを取らない性能を持っている。陛下も警戒しているのだろう」

「……ほう? それは是非見てみたいものだな」

「これからの戦いで嫌というほど見るだろうよ」

「それは楽しみだ」


 オリオンの説明を聞き終えてから、バベルが口を開いた。


「大体の事は理解した。確かに陛下の考え通り、敵の騎兵が邪魔な位置に居る」

「それほど脅威か?」


 今までの戦争で、銃兵の前に脆く崩れる敵の騎兵を何度も見てきたオリオンが首を傾げた。


「敵の騎兵が南へ向かえば脅威ではない。だが、本陣が敵の陣地を攻めている最中、もしくは勝利した後に突撃されたら本陣が崩れる。陛下はそれを警戒しているのだろう」

「なるほど」

「それで、あの魔女の居場所は分からないのか?」

「ああ、南の支城で待機しているという情報だが、陛下は怪しんでいる」

「…………」


 オリオンの話にバベルが考えてから口を開いた。


「敵の情報に振り回されてる気がするな」

「情報に?」

「……うむ。どうやら敵には優れた戦略家が居るらしい」


 カッサンドルフを無血開城で争奪して、こちらの戦略を見抜く。さらに僅か数カ月で要塞の防御力を強化した。

 その手腕にバベルはこれを全て考えた人物を、敵ながら見事だと感心していた。


「……奈落は南だな」

「……ほう?」


 オリオンがその理由を尋ねる。


「敵も騎兵がこちらの銃に弱いのを知っている。それなのに防御が甘い。何かを隠している」

「その隠しているのが奈落か……」

「それが一番可能性が高い」

「バベル卿はその奈落と何度か戦った事があったな」


 オリオンの質問に、バベルが鼻で笑った。


「恨みを買ってるから、執拗に狙われているよ」

「あの魔女相手にどうやって戦う?」

「一撃は覚悟するんだな」

「攻略がないという事か?」

「いや、今までの戦いで、あの魔女が範囲魔法を放ったのは一撃だけだ。その最初の一撃の被害を最小に抑えれば勝てる」

「抑えると言ってもどうすれば?」

「私に考えがある。そこは任せてもらおう」


 バベルがそう言うと、オリオンが胸を撫でおろした。


「それはありがたい。奈落の魔女さえ倒せば、こちらの勝利は間違いない!」

「……そうだな」


 喜ぶオリオンとは逆に、バベルはただ頷くだけだった。




 同時刻。

 野営陣営では、明日の戦いの為に南へ向かうナオミを心配して、ルディが声を掛けた。


「ししょー。本当に大丈夫ですか?」

「ルディ。私を誰だと思っている? 奈落の魔女だぞ」

「……ししょー、そのあだ名を教えてもらった時、自分で嫌ってたですよ」

「……お前と会った時は嫌いだったよ。だけど……」


 ナオミが話を止めて、元々火傷痕のあった頬に手を当てた。


「奈落に落ちかけた私をお前が救ってくれた。そして、お前はこのあだ名を格好良いと褒めてくれた。だから、今はこのあだ名を誇りに思うよ」

「……ししょー」

「お前が頑張っているんだ、師匠の私が頑張らなくてどうする。まあ、大船に乗ったつもりで見ていろ。お前と出会って、私はもっと強くなった。必ず南は私が守る!」


 ナオミがルディの肩に手を置いて微笑む。

 その顔は最初にルディと会った頃と比べて険がなくなり、優しさに満ちていた。




 翌朝。

 バベル率いる10万のローランド西の軍が南へ進軍を開始。カッサンドルフからの攻撃範囲ギリギリのルートを進む。

 最南にある支城まであと僅かというところで、支城からナオミが現れた。


 大軍へ向かってたった一人で歩いてくるナオミに、ローランド軍の進軍が止まった。


「……奈落の魔女」


 兵の誰かがナオミのあだ名を口にする。すると、それがさざ波のように広がってローランド軍を包み込んだ。

 敵軍の様子にナオミが不敵に笑う。


「ここを通りたければ、私を倒してから通るがよい」


 ナオミはそう言うと両手を広げて魔法の詠唱を始めた。




※ 超絶良いとこ、お邪魔します。

  投稿開始から今日でこの小説も1周年を迎えました。

  その間に休んだのは、コロナでぶっ倒れた2日だけ。

  我ながら頑張っていると思う。


  そんな記念日に朗報です。この小説が本になります。

  カドカワBOOKSから5/10に発売です。

  詳しくは近状ノートに書くので、興味がある方は見てください。

 https://kakuyomu.jp/users/kanbutsuya/news/16817330655900919704


  なお、本が売れなかったら、この戦争を書き終えて終了する予定。

  だって、違う小説が書きたいんだもん。

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