第376話 カッサンドルフ黄金時代

 カッサンドルフがハルビニア国に征服された後、レインズは国が替わった事を周囲の村々に公布した。

 その時に今年はこの地域で大規模な戦いが必ず起こるから、作物を育てても、荒らされるか奪われるかのどちらかだと教えた。

 それを聞いた農民は「うわぁぁぁぁ!」と頭を抱えたが、そんな彼らにレインズは街に行けば仕事がいっぱいあるから、今年は作物を育てるのを諦めてこっちに来い。と仕事を斡旋した。

 なお、実施したのはレインズだが、これは全部ルディの考えた労働者確保の策略だった。


 こうして数日の間にカッサンドルフの周辺の村から、多くの村民が仕事を求めて街に来た。

 まず、彼らに与えられた仕事は、労働者用のアパートをピースブリッジ砦の北に建てる事から始まった。

 必要な木材はカッサンドルフから既に運んである。

 他にも釘、道具、食料、衣服など不足している物は山ほどあるが、既にハルビニアの本国に発注済みで、今はまだ在庫があった。

 建築以外にも、服の作製、家具の作製、その作製に使う道具の作製、さらに作製の為の施設の建築……数えきれぬほどの仕事が労働者を受け入れ、街の景気が一気に上がった。




 アパートが建てられると、今度は野営陣営の建築が始まった。

 ルディが選んだ野営陣地の場所は、ピースブリッジ砦の北にある低い丘。そこは労働者のアパートを建てた場所だった。

 その丘から周囲を見渡せば一望できて、陣を敷くには理想の地形。

 戦争が始まれば労働者を避難させて、残したアパートを兵士の宿舎にする予定だった。


 木材で壁を作ってもローランドの銃で燃やされるだけ。

 そう考えたルディは壁を作らず、丘の北から西にかけて有刺鉄線を3重に張り巡らした。


「これは下手な壁を作るより酷でぇ」


 有刺鉄線を見たスタンが顔を引き攣らせる。

 鎧を着ている騎士には効果は薄いが、ローランド軍の兵士の大半は奴隷身分で鎧など着ていない。

 もし、有刺鉄線を無理やり超えようとしたら、体が傷つくのは確実だった。

 さらにルディは野戦陣地にバリスタを設置して、グレネードを装填した矢を有刺鉄線でもたつく敵兵士に向けて放つ予定だった。




 労働者が有刺鉄線を張っていると、遠くから野太い声で歌うミリタリー・ケイデンスが聞こえてきた。


”俺たちゃ無敵のハルビニア軍”

”街のあの娘が俺に向かってこう言った”

「お願い欲しいの」

P.T.しごけ!”

「大きくさせて」

P.T.しごけ!”

”おまえによし”

”俺によし”

”よし 逝くぜ!”


”ローランド軍は租チン野郎 遠く離れて射精する”

”俺たちのバリスタ 彼女の冷凍マン庫にクリーンヒット”

”招き猫に守られて戦う 俺が誰だか教えてやるよ”

「ハルビニア軍!」

”アイ ラブ ハルビニア!”

「俺の軍隊!」

”貴様の軍隊!”

「我らの軍隊!」

”ハルビニニャーーーー‼”


 その歌に労働者たちは笑みを浮かべて、走る兵士を見守る。

 数日前から始まった奇行とも思える訓練は、たった数日で日常の光景になり、労働者や街の住人を和ませた。


 ブートキャンプで指導しているのは、アスカに鍛えられたデッドフォレスト軍の兵士とホワイトヘッド傭兵団だった。

 彼らは新兵訓練マニュアルを読んで、自分たちが経験した訓練はただの虐待ではなく、全て計算された訓練だと理解した。

 そして、貴族の私兵を鍛えろという任務を受けた彼らは、虐待ではなくマニュアルに従って彼らをしごいていた。




「すごいな……」


 街を見回っていたシルベストが、カッサンドルフの活気溢れる様子に思わず呟いた。

 外から労働者が来れば、現地の人間にも収入が増える。

 戦争中でありながら、カッサンドルフは全盛期、絶頂期。

 所謂、黄金時代に突入した。


「一体どうやったらこんなに景気が良くなるんだ?」


 シルベストと一緒に歩くセラノ男爵が首を傾げる。

 彼の領地では経済が停滞しており、活気溢れるカッサンドルフが羨ましかった。


「今朝がた聞いたが、借金してでも景気を良くしているらしい」

「レインズ卿は、国王から金を借りているのか!?」

「いや、国王からじゃなくて、自分の領地の借金と言っていたな」

「……意味が分からん」

「確か……まずカッサンドルフが地方債という物を発行して、デッドフォレスト領が買ったらしい」

「デッドフォレスト領? レインズ卿ではなくて?」

「デッドフォレスト領が買ったと言ってた」

「……むむむ? 分からんぞ」


 借金をするのは貴族であって、領地が借金をするなど今まで聞いた事がない。

 セラノ男爵がますます首を傾げた。


「デッドフォレスト領でも一般投資家? 金持ちの市民向けに地方債を発行して、集めた金でカッサンドルフの地方債を買ったらしい」

「何でそんなまどろっこしいマネを?」

「利息で儲けると言ってた」


 それを聞いて、セラノ男爵も好景気の理由を理解した。


「好景気にして税収を増やして、レインズ卿は利息で儲けているのか⁉」

「簡単に纏めるとそうなる。話では本国でも景気が良くなっているらしいぞ」

「……信じられん」


 レインズに脱帽するセラノ男爵だったが、頭の中で1つの閃きが浮かんだ。


「なあ、そのカッサンドルフの地方債ってのは、俺でも買えたりできるか?」

「……⁉」


 セラノ男爵の質問に、シルベストが目を剥いて振り向いた。


「まさか、お前……」

「ローランドに奪われたらお終いだけど、この好景気に予想以上の防衛拠点。賭ける価値は大いにある!」

「……確かにそうだな。俺もその話に乗ろう」


 シルベストとセラノ男爵は頷き合うと急いで城に戻り、レインズにカッサンドルフの地方債の購入を申し込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る