第377話 バブルの毒

 レインズに呼ばれてルディが執務室に行くと、カッサンドルフの地方債について相談された。


「ルディ君。他の貴族から地方債を購入したいという申し出があるけど、どうする?」

「3年債よ? 償還は3年後だけど大丈夫ですか? 借金は計画的なの当たりめえだけど、投資も計画的にやらねーと損するですよ」


 その返答にレインズが苦笑い。


「一応、その事は説明した。それでも買いたいらしい」


 ルディは渋い顔を浮かべると、腕を組んで考えた。


「そーですか。うーーん。まあ、良いですよ。発行だけして今年は使わず、来年の農地開拓資金にでもするです」

「ずいぶんと債権の発行を渋るんだな」

「債権は借金だから低金利でも利息が生じるですよ。上手に資産運用しないと損するだけです。それを忘れたアホは借金という自覚がねーから無駄使いばかりするです」

「確かにそうだな……」


 レインズもカッサンドルフの好景気に、この好景気が借金の上で成り立っているというのを、つい忘れそうになっていた。




「あと、これとは別に陛下から、好景気について詳しく知りたいと手紙が来ている。教えても良いか?」

「……僕の事、言わねーなら、良いですよ」

「資金源は俺の兄が残した遺産から算出したという事にする」

「それなら問題ねーです。だけど、ここと同じ事を目的もねーのに国がやるのはお勧めしねーです」

「それは何でだ?」


 意図が分からず、レインズが質問する。


「今回、集めた金の大半は軍事目的です。だから、庶民が金を稼いでいても、あまりアイツらに贅沢な暮らしさせてねーです」

「そうなのか?」

「そーなのよ。収入増えてるけど物価も少し上がっているから、チョイと儲かってるぐらいの感じに留めているです」

「……ふむ」

「それでさっきの質問です。大規模工事とか、国家の一大事業で債権発行するのはアリです。そのために国債というのは存在しているです。ただし、景気を良くしたいだけに国債を発行したら、後から来るしっぺ返しが痛たたたたっ! です」

「それは利息があるからか?」


 レインズの質問に、ルディが頭を左右に振った。


「それだけじゃねーです。人間、一度贅沢を味わったら元に戻れねーです」

「そういうものか……」

「今回の景気は一時的なものだと事前に口酸っぱく告知してるです。だから、働きに来た労働者、戦争終わったら家に帰らせて元の農業に戻らせるです」

「そうしないと、食べ物がなくなるからな」

「そのとーりです。だけど、景気目的で国債を発行するとですね……最初は良いんです。金があるから、それで国が色々作らせて景気が良くなり、税金がいっぱい入ってくるです」


 怪談を語るようにルディが話をして、レインズがゴクリと喉を鳴らした。


「景気が上がれば物価も上がるです。物価が上がると分かっているなら、誰もが資産運用を目的に高級な服とか宝石とかを買ったり、豪華な家を建てて売ったりするです。それが所謂、バブルという毒の始まりです」

「……毒なのか?」

「そーです。麻薬と一緒。ハイになるけど体に毒が回る同じよ。経済の麻薬です。庶民が色々と物を買えば、税金もたんまり入ってくるです。そこで国も税金で、劇場とか図書館とか公園とか色々と無駄な物、作り始めるです。何故だか分かるですか?」

「……庶民が求めるから?」


 レインズの答えに、ルディが腕を交差してバッテンを作った。


「ブーー、ハズレです。正解は汚職です。景気上がっても公務員給料そのまんまよ。そこで少しでもおこぼれを貰おうと、税金で箱ものを作らせて維持管理の会社を作り、退職後に役員の席に座るです。あっ、もちろんコイツ等の給料の一部に税金が投与されるです」

「そういう汚職は取り締まれば良いのでは?」


 レインズの問いに、ルディは頭を左右に振って否定した。


「その代償にバブルが弾けるかもしれねーです。だから、誰も手が出せねーです」

「…………」

「だけど、何もしなくてもバブルは何時か弾けるです。切っ掛けは大体、庶民が資産運用のために借金してまで資産を買い漁って、資金元……銀行? 金貸し屋? いや……貴族ですかね。その資金元も借金で資金作って金を貸して、限界まで達したら弾けるです」

「国も庶民も借金だらけだな」

「そーです。だけど、皆、資産を持っているから、それが借金だと忘れるです。そんな状況でバブルが弾けると、物価が一気に急落するです。持っていた資産は一気に値下がり、売るに売れず、待っているのは借金の返済です」


 それを聞いてレインズの背すじが凍った。


「返済のために借金したくても、資産は金に換えられねーし、貴族も金がねーから金を貸さぬ。所謂、貸し渋りです。国は今まで作った箱ものの維持費が管理できず、売ろうとするけど安値でしか売れねーです」

「そうなると、どうなるんだ?」

「リストラが始まるです」

「リストラ?」

「会社は従業員が雇えねーから、どんどん従業員を首にするです。これがリストラです。首になった従業員、仕事を探しても、物が売れねーから仕事がなくて街中に無職が溢れ、治安がスゲー悪くなりやがるです」

「…………」

「国もなんとかしたいですが借金まみれ。そこで他の国に借金を申し入れるですが、その担保は何でしょうね?」


 ルディは国際基軸通貨がローランドに支配されている状況で、担保が何かを考えた。


「もしかして土地か?」

「そーです。多分土地です。そして、奪われる場所はここ。カッサンドルフです」

「……⁉」


 ルディの回答に、レインズが驚き目を見張った。


「せっかく命を賭けて手に入れた土地、贅沢のために渡す。僕、ちょっと許せねえですよ」

「ああ、その意見は俺も同じだ」


 ルディの意見にレインズも同意して、大きく頷いた。

 そしてレインズは、今の話を認めてクリス国王に手紙を送った。

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