第375話 出張ブートキャンプ

 カルリオン子爵、セラノ男爵、テルエル男爵は、橋の上で変な光景を見たものの、自分とは関わりのない事だと先へと進んだ。

 街の前に兵士を残してカッサンドルフ城に行くと、直ぐにレインズとの面会が許可された。


「よう、レインズ!」

「シルベスト、よく来てくれた!」


 レインズとシルベストは久しぶりの再会に、礼儀を無視してお互いの肩を叩き合って再会を喜んだ。

 その後、シルベストがセラノ男爵とテルエル男爵を紹介する。


「二人ともよく来てくれた」


 声を掛けたレインズに2人が頭を下げる。

 挨拶を済ませてから全員がソファーの椅子に座ると、レインズはこれまでの経緯を3人に話した。


 デッドフォレストからカッサンドルフまでの密かな進軍。

 カッサンドルフを落とすために用意した招き猫。

 敵兵力を戦わずに撤退させたあらゆる奇策。


「……信じられんな」


 レインズから話を聞いて、シルベストが思わず唸る。

 一緒に話を聞いていたセラノ男爵とテルエル男爵も同じだった。

 3人の様子に、レインズが照れくさそうに頭を掻いた。


「おかげで丸ごと街を手に入れる事ができたのは良いが……如何せん、一人でやるのは限界だったから、来てくれて助かる」

「状況は理解した。それで、俺たちは何をしたら良い?」

「その前に確認したい。お前たちが連れてきた兵の質はどんな感じだ?」


 シルベストが質問すると、逆にレインズが3人に質問していた。


「兵の質? 別に普通だが?」


 質問の意味が分からず、3人がお互いの顔を見て首を傾げる。


「いや、そういう意味じゃない。お前たちが連れてきた兵に街の治安を任せたとして、彼らは市民に対して狼藉を働いたりしないか?」


 改めてレインズが尋ねると、3人も質問の意味を理解した。


「正直に言って、うちの兵士に治安維持は無理だな。普通に素行が悪い」


 シルベストが答えると、セラノ男爵とテルエル男爵も同じだと頷いた。


「やっぱり無理か……だったら一つ提案がある。お前たちの兵士を俺に預けてみないか?」


 そうレインズが提案すると、3人は目をしばたたかせて首を傾げた。


 今、カッサンドルフの治安維持をしているのはハルビニアの国軍だが、彼らは騎士であり、衛兵にしておくのは非常にもったいなかった。

 そこで、ルディとレインズは彼らの替わりに、貴族の領兵を街の治安維持に使いたかった。

 だが、シルベストが言う通り、貴族の私兵の大半は素行が悪く、彼らに任せると逆に治安が悪くなる。


 と言う事で考えたのは、デッドフォレスト領でも実施したブートキャンプをカッサンドルフにも作り、貴族の私兵を鍛える作戦をレインズに提案した。

 今では従順なデッドフォレスト領の兵士も、元は市民に乱暴して捕まった労役兵。ブートキャンプは精神を鍛え直すのにもってこいの施設だった。


 レインズから話を聞いた3人は、このまま兵士を待機させて何もしないよりも良いかと考えて、レインズの提案に同意した。




 これからの予定をレインズが話していると、シルベストが来る途中で見た光景を思い出して口にした。


「そう言えば、ここへ来る途中で変な光景を見たな」

「変な光景?」

「ああ、女中が筏に乗って川を下っていたんだけど、あれももしかして?」


 何となくカッサンドルフと関係がありそうだったので、シルベストが質問する。

 すると、レインズが苦笑いを浮かべて頷いた。


「まだ報告は来てないけど、おそらくうちと関係があると思う」

「あれだけの木材を何に使うつもりだ?」

「バリスタを大量に作製する」

「バリスタか……遠距離には遠距離で抵抗する感じか?」

「まあ、そうだな。緒戦はそうなるだろう」


 どこに密偵が居るか分からない。

 レインズは具体的な作戦をまだ言わずに、曖昧に答えた。


「ここに来るまで疲れただろう。贅沢はできないが、ゆっくり休んでくれ」


 レインズがそう言うと、彼らはありがたいと頭を下げた。




レインズが援軍に来た3人の貴族と話している時、別室ではルディがリンに会っていた。


「マスター。荷物を持ってきましたーー!」

「ご苦労さまです」


 長旅でも疲れないアンドロイドのリンに、ルディが労いの言葉を掛ける。

 リンはルディに笑みを見せると、背中のリュックサックをルディに渡した。


「この中に頼まれた書類が入っています」

「おーー。これを待っていたですよ」


 ルディはそう言うと、リュックサックからバリスタの設計書と、新兵訓練マニュアルを取り出した。

 

 バリスタの設計書はハルが設計して、装填方法に工夫がされており、素早く装填できる仕様になっている。

 新兵訓練マニュアルは、ブートキャンプに出荷された『泣きべそデブ』のシプリアノとハシントが、実体験に基づいて作製した教官向けの手順書だった。


「これで雇用が生まれるです」


 ルディが喜んでいると、ハルから無線の連絡が入ってきた。


『マスター。有刺鉄線を運び終えました』

「グッドタイミングですね」


 ハルは魔の森にある拠点で有刺鉄線を作製して、それを輸送機でカッサンドルフまで運んでいた。


「マスター。私はどうします?」


 ルディが書類を掲げて小躍りしていると、リンが質問してきた。


「そーですね。まだまだ木材足りねーです。輸送機で帰ってまた持ってきやがれです」

「了解でーす」


 ルディの命令にリンはシュタッと敬礼すると、部屋を出ていった。


「明日から色々とやる事一杯です」


 ルディは頭の中で色々と計画を立ててにんまりと笑った。

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