第368話 ローランド国の一時撤退

 支城からローランド軍が去り、ハルビニア軍が急いで支城を潰していると、ようやく招き猫を追っていた1万兵のローランド軍が、カッサンドルフに戻ってきた。


 彼らはカッサンドルフ城に掲げてあるハルビニアの国旗を見て、本当にカッサンドルフが落ちたとショックを受けた。

 迷ったローランド軍は、カッサンドルフから2kmほど離れた場所に陣を敷いて、まずは情報を集める事にした。


 1日掛けて集めた情報によると、招き猫が破壊したカッサンドルフの西門は修理されておらず開放されていた。

 密かにカッサンドルフの東を確認したところ、5つの支城もハルビニアに征服されており、北側の支城の解体作業が行われている様子だった。

 ある程度の情報を得たローランド軍の将校たちは、徹夜で奪還か退却か話し合うが結論は出なかった。

 だが、朝食の時間になって、配給係からもう食料がないと聞かされて、徹夜の話し合いが無駄だったと頭を掻き毟り、撤退する事が決まった。




「それは残念だ」


 カッサンドルフの執務室では、1万のローランド軍が北へ移動したという報告を聞いて、クリス国王が少し残念そうに呟いた。


「陛下は戦いたかったですか?」


 ルディが質問すると、クリス国王が苦笑いを浮かべた。


「そうだな……戦わずに勝に越したことはないが、勝てると分かっている戦いを見逃すのももったいない。そんな感じか?」

「今は我慢するです。兵を減らさずに撤退させた事で、向こうの進軍が遅れるです」

「ほう? 理由を聞こう」

「カッサンドルフから1万人以上の市民が北に逃げたです。その後に支城から追い出した兵が5千人。さらに1万の軍隊も北に撤退したです。すると、どーなると思うですか?」


 ルディが問題を出すと、その答えに気づいたクリス国王が声を上げて笑い出した。


「ははははっ! お前は悪魔か⁉」


 北にある街の規模は、カッサンドルフの三分の一に過ぎない。

 そして、今は冬を超えたばかりの春の季節。食料の備蓄が一番少ない時期だった。

 そこへ突然、1万人の難民と1万5千の兵が助けを求めて来ても、彼らに提供する食料はなかった。


「ローランドは必ず10万以上の兵で、カッサンドルフを奪還しに来るです」


 ルディの話にクリス国王も笑いを治めて頷く。

 カッサンドルフ地方は小麦の一大生産地でもあり、ローランド国の食料事情の四分の一を賄っていた。

 もし、ローランド国がカッサンドルフを奪い返せなかった場合、食料が不足して値段が上がる。国民の不満を抑えるためには、必ず奪い返す必要があった。


「今のままカッサンドルフを守る。とてもじゃねーけど無理です。今回、敵を逃がした事で僕の予想では、ローランドの反撃は2ヶ月以上遅れて、5月ごろの見込みになるです」

「そんなに遅くなるのか?」


 クリスの質問にルディが顔をしかめた。


「敵の兵が多ければ多くなるほど遅くなるです。今のは最短の見積もりです」

「……ふむ」

「だから、今のうちにこちらの防御を固めるのです」

「確かにその通りだな。分かった。私は国に戻って兵を集めてこよう。カッサンドルフを手に入れた事で、中立派だけでなく戦争反対派の貴族も参戦に傾いているはずだ。状況を説明すれば、多くの兵を集められる」

「よろしくです」


 クリスに向かってルディが頭を下げた。




 ルディとの会話を終えると、クリス国王はじっと話を聞いていたレインズに声を掛けた。


「レインズ」

「ハッ!」

「お前を一時的に、カッサンドルフの行政官に任命する」


 突然大役を命令されてレインズは目をしばたたいたが、直ぐにクリス国王に頭を下げた。


「……拝命します」

「本当はルディを行政官にしたいが、さすがに実績のない平民を行政官にしたら、貴族からの反発が大きい」


 クリス国王の考えにレインズとルディが同意して頷く。


「実務はルディが行い、レインズは彼を隠してくれ」

「畏まりました」

「了解です」

「この数カ月が勝負の分かれ目だ。励めよ」

「ハッ!」

「はい!」


 2人から良い返事を貰ったクリス国王は微笑むと、席を立ち部屋を出て行った。




「まさか俺がこんな大役を受けるとは……人生、何が起こるか分からんな」


 クリス国王が去った後、レインズがため息を吐いて呟いた。


「疲れたですか?」


 ルディの質問にレインズが苦笑いをする。


「いや、そうじゃない。ルディ君と出会ってから楽しい事ばかりだ」

「それを聞いて安心したです」

「ルディ君にも迷惑をかけるな」


 それを聞いてルディが微笑んだ。


「全然迷惑じゃねーです。こんな楽しい事、誰にもやらせねーですよ!」


 シミュレーションゲームが好きなルディからしてみれば、リアル経済戦略ゲームと同じ感覚で、今の状況を楽しんでいた。

 その返答をレインズはルディらしいと笑い、現実的な話を進める事にした。


「それで、カッサンドルフを任されたわけだが、まずはどうする?」


 レインズの質問にルディが色々と話し始めた。


「最初に市民の人心把握です」

「それは大事だな」

「還付金を出せば市民の支持率上がるけど、そんなの一時的なだけです。必要なのは税金を安くする事です」

「やっぱりそう来るか。実にルディ君らしい」


 笑うレインズに、ルディは真剣そのものの表情で睨んだ。


「コレ、とっても重要ですよ。如何に安い税金で充実した環境を提供して、無駄な税金を使わない。行政官の力量に掛っているです。しかも、今回は同時に戦争の用意もする必要があるです。とんでもねー金が掛かるですよ」

「金か……今のカッサンドルフの金で足りるのか?」


 レインズの質問にルディが頭を左右に振る。


「足りねーと思うです。だから国債ならぬ地方債を発行するです」


 地方債? それを聞いたレインズは、自分が借金をするのかと考えた。

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