第355話 招かれる招き猫

 招き猫は街道のど真ん中に置かれている為、兵士たちは街道を通行止めにした。

 それで、一部の通行人から不満の声はあったけど、大抵の通行人は巨大な招き猫を見て、封鎖もやむなしと納得していた。さらに、巨大な招き猫の噂があっという間に街中に広がり、一目見ようと多くの見学人が溢れる事態にまで発展していた。

 一部の商人の中には、何となくご利益がありそうな感じがしたのか招き猫を拝んでいた。


 厳重な警備体制の中、招き猫の調査が行われた。


「隊長。入口らしい場所は見つかりませんでした」


 誰が呼び始めたのか知らないけれど、突然現れた招き猫を調べた結果。表面は鉄の様に頑丈で、叩いても傷一つ付かず、猫が痛そうに「ウニャー」と鳴いた。


「そうか……しかし、これは困った状況だな」


 隊長が周囲を見回してため息を吐く。

 出来れば解体して調べたかったが、痛そうに鳴いた招き猫に対して、見学人からが可愛そうだとブーイングが沸き上がっていた。


「このままだと、さらに多くの人が増えそうですね」


 兵士の話に隊長が顔をしかめた。

 まだ早朝なのに、噂を聞き付けた多くの市民が招き猫を一目見ようと、ぞろぞろと城門から出てくる始末。

 ハルビニア国が戦争を仕掛けて来るかもという状況で、人の出入を激しくする状況はあまり良くない。


「そうだな……それでアレは中に入れるのか?」

「はい。どうやらギリギリで城門をくぐれそうです」

「……ふむ。あまり調べられなかったが、ここに置いとくわけにもいかないだろう。中に入れよう」

「了解! 準備をします」

「頼んだ」


 兵士は笑って敬礼すると、駆け足でこの場を離れた。

 彼だけでなく多くの兵士たちは、目を細めて可愛らしく笑い、招きポーズをする猫が気に入っていた。できれば解体せず街の中に置いて、街の新しいシンボルにしたいと思っていた。

 それは兵士だけでなく、見学に来た多くの市民も同様だった。




 しばらくすると、隊長が予想していた通り、昼前には多くの市民が街道に溢れていた。

 娯楽のない時代。突然現れた招き猫の存在は、多くの市民を喜ばせた。

 多くの観衆が集まる中、3千人の兵士が招き猫をロープで縛って要塞内に引っ張った。


「オーエス! オーエス!」


 兵士が引っ張るタイミングで、観衆から掛け声が飛ぶ。

 重いと思っていた招き猫は思いのほか軽く、兵士に引っ張られて少しずつカッサンドルフ要塞へ近づいた。


「ニャニャーーーー⁉︎」


 引っ張られて、招き猫から慌てた様な鳴き声が発せられると、その声に観衆から可愛いとはしゃぎ声がした。

 城門をギリギリで通り抜ける事が出来た時は、観衆から拍手が沸き起こった。

 大通りを進む招き猫を一目見ようと多くの人が集まり、大歓声がカッサンドルフに響き渡った。

 招き猫はそのまま引っ張られて、一旦、街の中央広場に置かれた。

 そこに多くの見学人が集まり、街の中央広場は一気ににぎわった。


 その様子を城内から見ていたレガスピ将軍が顔をしかめていた。


「予想していた以上に集まっているな」

「はい。とりあえず安全そうだったので中に入れましたが、どうしますか」


 レガスピ将軍は副官からの質問にため息を吐いた。


「……あれだけ大勢の見学人が居る中で、解体したら批判が沸く。落ち着くまで置いておくしかないだろう」

「分かりました。とりあえず警備を厳重にして触れさせないようにします」

「そうしてくれ」


 副官が下がり、レガスピ将軍が招き猫に視線を向ける。

 その招き猫は、多くの見学人に見られていた。


「ニャーーーー!」




 その日の深夜。

 騒ぎも落ち着き、昼間は多くの見学人に溢れていた中央広場も眠たそうな兵士しか居なくなった頃。

 招き猫の口から無色無臭のガスが噴き出して周囲に撒かれた。

 そのガスを吸った兵士がバタバタと倒れる。

 全員倒れて眠り、しばらくすると、招き猫の小判部分がパカッと開いて、ガスマスクを付けたルディとナオミが姿を現した。


「丸一日中に居たのは、ツレーです」

「こんなにうまく行くとは思わなかったな」


 ルディの呟きにナオミが肩を竦めた。


「僕もです」

「オイ!」


 ルディの言い返しに、ナオミがツッコミを入れた。

 そこへガスマスクを付けたスタンと100人の傭兵が、2人の下へやってきた。


「マジで成功したな」

「何言ってるですか、これからです」


 はしゃぐスタンをルディが窘める。

 その間に傭兵たちは、招き猫の中に入れていた自分の装備を取り出していた。




 ルディが考えた作戦とは……。

 難攻不落の要塞カッサンドルフは、正面から戦ってもまず落ちない。

 そこで、ルディはカッサンドルフへ侵入して、行政官と将軍を全員拘束しようと考えた。

 そして、侵入するための作戦に、遥か昔の神話からトロイの木馬からヒントを得た。

 木馬ではなく招き猫を作ったのは、ルディの気まぐれ。

 なお、招き猫の外部は頑丈なセラミックで、どんなに叩いても壊れず、内部は空調が完備されてトイレも付き。丸一日ならギリギリ耐えられる環境を整えていた。


 スタン率いる傭兵たちは、武装したまま街に入ろうとしても間違いなく門兵に捕まる。

 そこで、彼らの装備を一旦招き猫の中に預けて身を隠していた。

 そして、招き猫が街の中に入る時、大勢の見学人の中に紛れて街の中へと侵入して、ルディと合流した。




 以前、ルディはデッドフォレスト領を侵略しようとしたローランド兵に対して、隕石を落として壊滅させた事がある。

 あの時は、ナオミに科学は間違った使い方をすれば、大量破壊兵器になると言う事を伝えるのが目的だった。だが、今回の戦争ではそれを封印している。

 理由は、遠い未来に起こりうる魔族と人類の戦争を考え、惑星全体の人類増加計画を考えていたから。


 そして、ハルの提案する戦争参戦の条件に、ナイキが保持している兵器を使用しないという条件があった。

 ルディが宇宙の兵器を使っても、今ならおそらく誤魔化せる。だが、遠い未来の人間がこの戦争を調べて、当時の文化ではありえない兵器の存在が知られるのは問題だった。


 ルディは神になりたいとは思っていない。出来る限りこの惑星の人類の力で文明を発展させたかった。

 その為ならいくらでも力を貸す。だが、兵器を使って人殺しの手助けをするのは、人類増加計画に反するからしたくない。

 それ故、発見された兵器からナイキの存在を知られるのは、絶対に許さなかった。


 では招き猫は? ……人を殺す兵器ではないのでギリギリセーフ。

 非常に曖昧だったが、ハルは招き猫を後で回収するという条件で許可した。

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