第354話 朝日と共にニャーと鳴く

 デッドフォレスト軍は深夜に移動して、カッサンドルフまで僅か1km離れた雑木林に姿を隠していた。


「ルディ君。本当に大丈夫なのか?」


 未だに不安が残っているレインズがルディに話し掛けてきた。


「こちらの作戦は問題ねーです。だけど、どうやらハルビニアの参戦がローランドに漏れたっぽいです」

「……そんな事も分かるのか?」


 思わぬ返答が返ってきて、レインズが目を見開いた。


「作戦開始前と比べて、警備が厳重になってやがるですよ。どー考えても、ハルビニアの情報が漏れたのが原因です」

「おそらく戦争反対派の誰かから漏れたんだろう」


 話を聞いていたナオミが肩を竦めて呟いた。


「バシュー公爵ですか?」

「それは分からん。だが、情報を漏らしたとなれば、クリス国王の怒りを買う。私が見た所、あの老人はそこまで愚かなマネはしない気がする」

「まあ、もう漏れちゃったから、どーでもいいですよ」


 ルディはそう言うと、左目のインプラントをナイトビジョンに切り替えた。

 暗闇の中、カッサンドルフの要塞は、ハルビニアにの王都に匹敵する大きさだった。

 事前の情報によると、城塞の高さは10m近くあり、深夜にも関わらず大勢の兵士が巡回していた。

 そして、巡回が届かない場所はデッドフォレスト領の領主館にもあった、マナ検知の魔道具が設置されていた。

 要塞内に居る兵士の数は1万人。街の周辺には支城が5つあり、各支城にも3000の兵が常駐していた。


 正面からカッサンドルフを落とすとなると、最低でも10万の兵士が必要であり、それだけの数を用意したとしても、確実に落とせる保証はなかった。




 予定の時間になって、ハルからルディの電子頭脳に連絡が入ってきた。


『マスター。降下地点に到着しました』

『時間通りだな。降下開始』

『イエス、マスター』


 ルディは一旦ハルからの連絡を切ると、ナオミとスタンに話し掛けた。


「ししょー、スタンさん。例の物が降りて来るです。準備オッケーですか?」

「もちろん。いつでも行けるぞ!」

「あ、ああ。こっちも行けるけど……本当に降りて来るのか?」


 ノリノリなナオミとは逆に、スタンが顔を曇らせる。


「もう降下中ですよ。今更引き返せねーです」


 ルディがそう答えている間に、遠くで地響きが聞こえた。


「ほらほら、見つからねー内に行きやがれです。では、レインズさん。カッサンドルフが落ちたら、ピースブリッジの砦を落としやがれです」

「分かった。無事を祈る」

「そっちもです」


 ルディとレインズはお互いの拳を合わせて、互いの無事を祈る。

 そして、ルディはナオミとスタン。それと100人の傭兵を連れて、雑木林から抜け出した。




 その日の朝。

 カッサンドルフから500m離れた街道に、巨大な猫が現れた。


「ニャーーーー!」


 朝日を浴びて大きな声で猫が鳴き、城壁を巡回していた兵士が慌てて隊長を呼んだ。


「猫ごときで慌てるな!」


 報告を受けた隊長は寝ぼけていると勘違いして叱るが、兵士は頭をブンブン左右に振った。


「自分の目で見てください!」


 兵士は嫌がる隊長の袖を引っ張って、まずは見ろと隊長を連れて行く。

 そして、隊長も巨大な猫を見て、目玉が飛び出そうになるぐらい驚いた。


 猫の全長はおそらく8mぐらい。

 何故か二本足で立っていて、右手は招くようなポーズを取り、左手は黄色い楕円形の様な物を掴んでいた。

 そう、宇宙では一般的に招き猫と呼ばれる巨大な置物が、街道の中央にドーン! と置いてあった。


「な、何だあれは!」

「わ、分かりません‼」


 猫に向かって指をさし叫ぶ隊長の質問に、全ての兵士が答えられず頭を左右に振る。


「一体、いつからあんな物が……」


 そう隊長が呟いていると、兵士の一人が手を挙げた。


「あの……昨日の真夜中に地響きがしたけど、その時では?」


 その話に回りの兵士たちがざわめきだした。


「確かにしたな」

「俺も聞いた」

「丁度休憩中で寝てたから気付かなかった」


 隊長が黙らせようと口を開いた、その時……。


「ニャーーーー!」


 再び猫が鳴いた。


「……あれは生き物なのか?」

「……さあ。私には人工物に見えますが」


 隊長の質問に兵士の1人が答える。


「ハルビニアの秘密兵器……じゃないよな?」


 隊長はそう言うと、改めて招き猫を観察した。


「……どこからどう見ても兵器には見えないな」


 結局隊長は自分の手には余る事案と言う事で、兵士に監視をさせて、上司に報告する事にした。




「……猫だな」

「猫です」


 カッサンドルフの行政官を兼任するローランドの将軍、ボリバル・レガスピが猫を見て呟くと、報告した隊長が頷いた。


「話だと昨夜に地響きがしたと言ったな」

「はい。暗くて確認できませんでしたが、恐らくその時に落ちた物だと思われます」

「……ふむ」


 隊長の報告にレガスピ将軍が考えた。

 去年。デッドフォレスト領に向かっていた3千の兵士が、空から落ちて来た巨石に壊滅したと聞いている。

 もしや、あの猫と同じ物が落ちて壊滅したのか? ……だけど、何故に猫?


「調べる必要があるな……とりあえず兵士を送ってあの猫が安全か調べろ。それで問題がなければ要塞に入れろ」

「はっ!」


 レガスピ将軍の命令に隊長は敬礼すると、招き猫を調べに向かった。


「ニャーーーー!」

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