第353話 非情から得た信用

 ルディが言った通り、雨は3時間でやんで、デッドフォレスト軍は無事に次の休憩地点に到着した。

 前倒しに進軍したおかげで、この休憩地点では8時間ほど休める予定だった。

 全員が少しだけ緊張を解いて休憩に入る。ルディも馬から降りて休んでいると、ひょっこりスタンが現れてルディの横に腰を下ろした。


「さっきのはあれだ。戦争だから気にするな」


 スタンはルディが一般人を殺して落ち込んでいると考え、慰めようと笑ってルディの肩に手を置いた。


「……ビックリです。傭兵なのに気遣いできるんですね」


 慰められたルディが思わず目を見張る。


「おいおい、傭兵を何だと思っているんだ?」

「暴力団です」

「はっはっはっ。違いねえ」


 ルディの返答に、スタンが腹を抱えて笑った。


「まあ、俺たちの事は置いといて。さっきの2人組は、お前がやらなきゃ俺たちの誰かがやっていた。そういう汚い仕事をするのが俺たちの仕事だからな」


 傭兵は依頼があれば、敵地の村を襲って村人全員を殺害する。

 スタンはその手の仕事を受けないが、必要とあれば手を汚すのも厭わなかった。


「それに、甘ちゃんの大将も少しは現実が見えて来ただろう」


 そう言ってスタンが隠れてレインズに視線を向けた。


「レインズさんも、もう40過ぎのおっさんだから大丈夫ですよ」

「いーや。貴族ってのは過保護に育てられているから、甘いヤツばかりだ。一応、俺も元は王子様だったからな。身を持って知ってるぞ」


 スタンの話に、ルディがポンッ! と合いの手を入れた。


「……そー言えば、そういう設定でしたです」

「人の人生を設定と言うな」


 スタンはルディにツッコミを入れると、どうやら大丈夫そうだと立ち去った。




「アイツなりの慰めだったんだろうな」


 横で話を聞いていたナオミが肩を竦めて、ルディに話し掛けた。


「任侠というヤツですか?」

「さあ、そこは私もよく分からない。だけど、傭兵ってヤツは甘い人間をとことん嫌う」

「戦争で心荒んでるです」


 ルディのツッコミに、ナオミが笑って話を続けた。


「傭兵にとって非情な行動は頼もしく見えるんだろう。ルディが殺したあの2人には悪いが、お前は傭兵の信用を得られたな」

「そーいうものですかねー?」


 いまいちピント来ないルディが首を傾げる。


「さっきは、よくやったな」

「俺たちの仕事を奪うんじゃねえよ」

「仕事がなかったらうちに来いよ」


 だが、ナオミが言った通り、その後もルディは色々な傭兵たちから声を掛けられた。




 デッドフォレスト軍は十分休憩を取って、深夜に進軍を開始する。

 馬の疲労を抑えながらの進軍で、速度は人が歩くより少し早い程度だが、それでも少しづつ目的地のカッサンドルフに近づきつつあった。


 次の休憩地点で、ルディは隠してあった固い皮鎧と、鎧の下に着る服を兵士に配った。


「これは?」

「防火と刺突耐性に効果抜群な服です」


 レインズの質問にルディが答える。

 鎧は言ってしまえばただの偽装。本命は繊維強化セラミックで作った防火服だった。

 これを着れば、鉛の銃弾程度なら貫通せず、魔法の銃による炎も直撃しなければ、致命傷にはならない程度に身を守れる事が出来た。

 なお、この装備はルディがエルフの里に行った時、ゴブリン一郎が着ていた装備と同じである。


 服を手にした兵士たちは、「アスカ教官の手作りだ!」と、何故か勘違いして装備に着替え、それを傭兵たちが羨ましそうに眺めていた。

 その傭兵たちの装備は、ルディに預けていた自分たちの装備だけ。

 これは、スタンが交渉の時に、自分たちの装備は自前で用意すると言ったせいだった。


「なあ。その服、余ってないか?」


 スタンは兵士が着替えた繊維強化セラミックの服を触って、柔らかいのに丈夫な服の繊維に感心していた。


「傭兵の皆は、僕と一緒にカッサンドルフの攻略ですから、突発的な事故がない限り、争いはない予定ですよ。それに、スタンさん要らねえって言ったです」

「……まあ、そうだけど。こんな戦闘向きな服は見た事ないから、つい欲しくなってね」

「今回は諦めろです」


 自業自得とはいえ、ルディに断られて、スタンと傭兵たちはがっくりと落ち込んだ。




「不思議な服ですね」

「……まあな」


 ルディが用意した服に着替えたルイジアナの感想に、ナオミがそっけなく答える。

 ルディはルイジアナにも繊維強化セラミックの服を用意して、デザインをナオミに任せて作らせた。

 それを頼まれた時、ナオミは拒否したが実はまんざらでもなく、「仕方ないな」と言いつつ依頼を受けた。

 そして、彼女がデザインしたのは、一見長袖の黒いローブだった。

 だが、近くで見ると黒いバラの刺繍が施されており、戦場には似つかわしくない大人の貴賓が漂う服だった。


「ルイちゃん、色っぽいです」

「えっ? ありがとう」


 ルディが褒めると、ルイジアナが照れて頬を赤く染める。

 エルフにしては若干幼顔のルイジアナが黒いローブを着ると、大人っぽい雰囲気の中に可愛さが見え隠れしていた。


「さて、装備も整った。後は落とすのみ」


 気を引き締めてレインズが声を掛けると、全員が気合を入れて頷く。

 長かった道のりは残り半日。目的地に着いたら戦いが始まる。

 騎乗したデッドフォレスト軍は、カッサンドルフに向けて最後の進軍を開始した。

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