第356話 科学の催眠と魔法の催眠

「喋ってないでそろそろ行くぞ」


 ナオミに促されてルディとスタンが頷く。

 周囲の兵士は睡眠ガスで寝てるとはいえ、まだ始まったばかり。

 タイムリミットは朝日が昇るまで。

 ルディとナオミ。そして、スタン率いる傭兵100人による、カッサンドルフ攻略が開始された。


 カッサンドルフの行政を行っているのは、中央広場の正面にある王城だった。

 ローランド国に支配される前は、この地方を収めていた国の城だったが、支配されると城は押収されて、今はカッサンドルフと周辺地域の行政を管轄していた。


 要塞の外壁に予算を回しているせいで、城の警備はそれほどではなく、門を警備している兵士も招き猫の睡眠ガスを吸って、重なるように倒れて眠っていた。


「皆、ガスマスクはぜってー外すなです。あっという間にお寝んねですよ」


 ルディが寝ている兵士を指さしながらの警告に全員が頷く。

 寝ている兵士は傭兵が運んで、誰からも見えない場所に捨てた。




 深夜の手薄な時間と言っても、城には200人ほどの兵士が警備していた。

 その半数が交代で寝ているとしても、100人近くが城内を巡回している。

 ナオミが本気を出せば全員を倒すのも可能だが、その間に応援を呼ばれたら、城内の兵士だけでなく他の場所からも応援が来て、本来の目的が達成できない。


 そこでルディは、招き猫でも使った催眠ガスを使用して、次々と兵士を眠らせる事にした。

 この催眠ガスはルディが宇宙から持ち込んだ科学物質で、ナオミとニーナを治療した治療培養液にも含まれている物だった。

 人体にさほど影響はなく、ガスを吸い込めば脳神経を混乱させて眠らせる。一度寝てしまうと叩いても起きず、今回の作戦に適しているので使用された。


 城に潜入したルディたちは、まず最初に兵士の待機室と従者たちが眠っている仮眠室に向かった。

 この二つの部屋は城の下層にあり、入口からも近い。

 そして、もし見つかって応援を呼ばれるよりも先に、眠らせようと考えた。 


 ルディは待機室の扉の前で催眠ガスの缶のピンを抜き、ドアを少しだけ開けて中に放り込んだ。


「ん? 何だこれ?」


 部屋で待機していた兵士が、転がった缶の音に気付いて立ち上がる。

 そして、床に落ちている缶を見つけて近寄った。

 もし、この兵士が毒ガス兵器の存在を知っていれば、警戒していただろう。だが、まだ大量破壊兵器が存在しない時代。何も知らない兵士は、何も考えずに缶を拾った。

 そして、缶から噴射している催眠ガスを思いっきり吸って、バタンと倒れて眠りに就いた。


「……こりゃ便利だ」


 あっけなく相手を無力化した事にスタンだけでなく傭兵たちが感心する。


「使い方は見ての通りです。スタンさんは従者と兵士の仮眠室を含む、城の下層を制圧したあと、金庫室に向かいやがれです」

「了解」


 ルディはスタンの返事に頷くと、ナオミに向かって話し掛けた。


「ししょーは僕と一緒に上に行って、将軍をふん縛るです」

「分かった」

「二人だけで大丈夫なのか?」


 たった二人で制圧すると聞いたスタンが不安を口にすると、ナオミが彼をジロッと睨んだ。


「私を誰だと?」

「失礼しました」


 それでスタンは、相手が奈落の魔女だと思い出した。

 彼の頭の中では、奈落の魔女と言えば戦場で暴れるイメージが大きくて、隠密行動をするというイメージが湧かなかった。


 こうして、ルディとナオミ、スタンと傭兵は、二手に分かれて城の制圧を開始した。




 城の構造は事前にハルが小型ドローンを使って全て把握していた。

 その情報をルディは電子頭脳に保存しており、ナオミは暗記していた。

 スタンにも地図を渡しており、彼はそれを最初に見た時に心臓が出るほど驚いていた。


 ルディはできればスタンにもスマートフォンを渡して、連絡のやりとりをしたかった。だが、たまに迂闊な行動を取るスタンをルディは信用しておらず、渡すのをやめた。

 そこで、ルディはスマートフォンの替わりに傭兵に内緒で、小型ドローンを密かに忍ばせて、彼らの行動を確認していた。


 ルディとナオミが階段を上がって、3階に侵入する。

 このフロアには、将軍と彼の家族の寝室があり、最重要制圧地点の1つだった。


 巡回中の2人の兵士を見つけて、ナオミがスリープの魔法を発動する。

 魔法を掛けられた兵士は、急に意識を失って床に倒れた。


「ししょーの魔法はすげーですね。どうやって眠らせたですか?」

「脳への酸素供給を止めて意識を失わせた」

「それ、下手したら脳死するですよ」 

「一瞬だから大丈夫」


 ナオミはルディと出会ってから人体の研究を続けており、体に影響を及ぼす魔法が得意になっていた。


「今度教えるよ」

「僕だと直接触れねーと魔法が発動しねーです」

「それは上位マナニューロンの構築が未熟だからだ。まだまだ練習が必要だな」


 ナオミは人体に影響する魔法を、ルディとルイジアナにも教えていた。

 だが、2人は直接触れないと魔法が発動せず、彼女だけが魔法を飛ばす事ができた。




 ルディとナオミは積極的に巡回中の兵士を探し出して、次々と魔法で眠らせた。

 小型ドローンで監視しているハルの報告によると、スタンたちは下層部分をほぼ制圧して、現在は財務管理室の金庫へ移動している最中だった。

 順調に事が運び、ルディとナオミはレガスピ将軍が寝ている寝室の前に立っていた。


「ルディ。レガスピとは少し話したい事がある」

「そーなんですか? じゃあ、ししょーに任せて、僕は見学しているのです」

「すまんな」


 ルディはナオミに頷くと、扉の前にしゃがんで鍵開けを開始した。


「久しぶりの怪盗ルディの参上です」


 何故かウキウキした様子で鍵開けをするルディに、ナオミが首を傾げる。

 少し時間は掛かったが扉の開錠に成功すると、ルディとナオミは部屋の中へと侵入した。

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