第346話 夜襲


 今回、補給部隊が運んでいる荷物は、25万人が食べる食料が2週間分あった。

 普段なら襲われるデメリットを考えて、小分けして運ぶ。

 だが、今回は移動ルートに敵が見当たらず、攻略予定だったベルードが既に落ちている事から、早急に物資を輸送する必要があった。


 補給部隊は村民の居なくなったガルルド村に到着すると、周囲の探索を始めた。

 彼らが一番恐れるのは、補給品の奪略。それ故、周囲の警戒を厳重に行い、安全を確保するのは最優先事項だった。

 村周辺を念入りに探索した結果、敵影は見当たらず、部下からの報告に補給部隊の隊長は安堵した。


 補給部隊の隊長は、この職に就いて長かった。

 そんな彼でも、今回の補給量は初めてだったので緊張していた。


「これが後5日半か。胃に穴が開くぞ……」


 野営の準備を始めている2000人の部下を眺めながら、補給部隊の隊長は胃を押さえていた。




 その日の深夜。

 カールが率いる傭兵部隊がガルルド村の近くまで到着した。

 カールは500人の傭兵部隊を分けると、村の北東にカールが率いる250人、北西にドミニクとションが率いる200人、南にニーナが率いる50人を配置した。


「隊長。見張りは居るけど油断してるみたいだぜ」

「……そうか」


 部下の報告にカールが頷き、予想が命中した事に笑みを浮かべた。

 敵の姿が見当たらないだけでなく痕跡すらない。おまけに、攻略予定の目的の都市が既に落ちている。となれば、ローランド軍の補給部隊の緊張も緩む。

 このためにラインハルト国王は、主要都市のベルードをただでローランド国に明け渡していた。


 普段はぐうたらなのに非常事態になると利口な実兄に、カールが舌を巻いていると、北西の部隊の伝令係が現れて配置に付いたと報告を受けた。

 その後、直ぐにニーナから、スマートフォンで同じく配置に付いたと連絡が入った。


「よし、準備は整った。暴れるぞ」


 カールが右手を振って歩き出す。その後を250人の部下が続いた。




 見張りの交代まであと2時間。

 見張りのローランド兵が眠気を堪えてあくびをしていた。

 見張りと言っても、昼に周辺を捜索して敵は1人も見当たらず、攻略予定だったベルードは既に落ちている。


「早く交代の時間にならねーかな」


 緩みきった見張りの兵士は、もう一度あくびをしようと口を開けた。


 ガサッ!


 その時、見張っている方向から草を掻き分ける音が聞こえた。

 どうせウサギか何かだろうと、兵士はあくびを止めて気だるげに視線を向けた。

 突然、暗闇の中からカールが現れるや、彼の大剣が兵士の腹を突き刺した。


「ウッ!」


 兵士の瞳孔が開き呻き声を上げる。兵士は何が起こったのか分からないまま息絶えた。

 その光景を離れた場所で別の兵士が目撃する。


「敵しゅ……ぐはっ!」


 その兵士は最後まで言葉を叫ぶ事ができず、カールの部下に切られて地面に倒れた。

 だが、兵士の声は静かな村に響き、数人の兵士が何事かと振り返る。そして、襲撃に気付き慌てて大声で叫んだ。


「敵だ。レイングラードの夜襲だ‼」


 その声に眠っていた兵士たちが慌てて起きる。

 しかし、カールの部隊は既に多くのローランド兵を倒し、ドミニク率いる部隊が北西から現れて襲撃を開始していた。




「隊長、襲撃です‼」


 部下からの報告に、村の空き家で寝ていた補給部隊の隊長がベッドから飛び起きた。


「何処から現れた!?」


 昼に周囲を偵察した時は、敵の痕跡すらなかった。

 それなのに、こちらの居場所が把握されている事に驚いた。


「敵の数は⁉」

「暗くて分かりません‼」


 補給部隊の隊長は慌てて家の外に出て近くの部下に尋ねるが、部下は頭を左右に振って大声で返答した。

 その間も、北からの襲撃は続き、油断して鎧を脱いでいたローランド兵が、次々と倒されていった。


「敵の狙いは物資だ。それだけは何としても守れ!」


 補給部隊の隊長が大声で叫んだ時。

 村の南から火の手が上がったと思ったら、補給品が爆発した。




 時間を少し前に戻して……。

 村の南側ではニーナが50人の部下に、ルディから貰ったグレネードの説明をしていた。


「皆、弓矢にグレネードは付けた? 付けないと補給品が燃えないから、忘れちゃ駄目よ」

あねさん。本当にこんな物が爆発するんですかね?」


 ニーナの話を信用していない部下が、弓矢に付けたグレネードの先端を触りながら質問してきた。


「直ぐに手を離して、全員死ぬわよ」


 慌てて注意するニーナに部下が驚き、グレネードから手を離した。


「爆発したら人間なんて木っ端みじんになるんだから、気を付けて」

「マジっすか?」

「マジよ、マジ」


 ニーナと部下の話を聞いていたフランツは、「緊張が緩むなぁ」と思いながら話を聞いていた。

 その時、村の北から騒動が聞こえてきて襲撃が始まった。


「始まったわね。フランツ1分待ってから始めるわよ」

「了解」


 ニーナの命令にフランツが心を落ち着かせる。

 1分が経過して、ニーナとフランツが詠唱を開始。詠唱が完了すると同時に、2人の合体魔法が発動した。


「「円陣の炎!」」


 2人が発動したのは、場所を指定して地面から炎の壁の円陣を作る魔法だった。

 普段は自分の周りに壁を作って敵を遠ざける魔法だが、今回は大量の補給品の周りに大きな壁を作り、ローランド兵を近づけさせないのが目的だった。


 突然現れた炎の壁に、ローランド兵が慌てて逃げる。

 その間にニーナの部下たちが、グレネードを付けた弓を構えた。

 炎で補給品の場所が良く見える。部下たちは外すまいと狙いを定めて、指から弦を離した。


 放たれた矢が補給品に命中する。

 50本の矢の先端に付けられたグレネードの信管が起動して、大爆発を起こした。


 大きな爆発音に、敵味方関係なく村で戦っている全員が動きを止めて、炎上する補給品を見て驚いていた。


「撤収‼」


 カールの怒鳴り声が大きく響く。

 それを合図に、襲撃部隊は一目散に逃げだした。




「追うな! 火を消せ。消火が優先だ‼」


 補給部隊の隊長は敵の待ち伏せを考えて追っ手を出さず、補給品の消火を優先させた。

 だが、村の井戸は壊されて水はなく、ニーナとフランツの魔法で補給品の周りは炎に囲まれて近寄る事もできない。

 補給部隊はただ、補給品が燃え尽きるのを見守る事しか出来なかった。

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