第344話 戦争の使者

 シプリアノとハシントがアスカに連れ戻された翌日。2人は筋肉痛と疲労で動けず、1日中ベッドの上で倒れた。

 アスカから介護するように命令された兵士は、ベッドの上で倒れている2人を親身に介護して、「早く元気になれ!」と励ました。


「……何故、迷惑ばかり掛ける俺たちを優しくするんだ?」


 もし自分だったら恨んでいる。

 シプリアノが質問すると、介護していた兵士が鼻で笑った。


「ここで同じ釜の飯を食ったヤツなら、どんなデブだろうが、泣き虫だろうが俺たちの仲間だ。助けるのが当然だろ」


 兵士の返答にシプリアノは衝撃を受けた。

 自分たちは元貴族だから嫌われていると思っていた。

 自分たちさえ居なければ余計な体罰を喰らわない。

 面倒だって見る必要ない。


 だが、同じ体罰を受ける事で生まれた友情。

 兵士の体に染みついた仲間を想う精神は、既に2人を仲間と認めていた。

 兵士が訓練の為に去った後、シプリアノとハシントは兵士の優しさに涙した。




 2人は体調が戻った日から訓練に参加した。

 しかし、何カ月も訓練し続けていた兵士たちには付いて行けず、何度もアスカに叱られた。

 それでも初日と比べて、強くなろうとしている努力が見えた。


 アスカはそんな2人に、文字の読み書きができる事から『新兵訓練マニュアル』の作成を命じた。

 このマニュアルは兵士を訓練するのに必要な、運動面、精神面、食事バランス、訓練内容を正しく記述する物だった。

 命令を受けたシプリアノとハシントは、自分の体験に基づいて新兵訓練マニュアルの作成を行った。

 後にこの『新兵訓練マニュアル』は、軍事学だけでなく、教育学、健康学など、あらゆる分野で高い評価を得られる書物になる。


 こうして、デッドフォレスト領の内政はアルセニオたちが、軍事はシプリアノとハシントが関わる事になり、少しずつ人手不足の問題が解消されていった。




 それから1カ月後。

 季節は3月になり、冬の寒さが薄れて春の兆しが見え始めた頃。

 とうとうローランド国が動いた。


 場所はレイングラード王国の王宮。

 カールの実兄ラインハルト国王は、ローランド国からの使者からバイバルス国王の手紙を受け取っていた。

 手紙を読み終えたラインハルトは何も言わず、ローランド国の使者をジーッと見つめた。


「それで返答は?」


 何も言わないラインハルトに、しびれを切らした使者が返答を促した。


「……この手紙には、私に無条件降伏をして国を明け渡せと書いてあるように見えるが、こちらの条件を聞かずに一方的じゃないか?」


 ラインハルトがそう言うと、使者は感情を表さず口を開いた。


「それだけの戦力差があるという事です。戦争になれば、多くの人間が死に国が荒れます。我が国王陛下は、できるだけ死者を出したくないという情けから、平和的な解決をお求めです」

「平和的……か……」


 一方的に喧嘩を売ってきて平和と言い張るバイバルスに、ラインハルトが呆れた。


「これが最終通告です。ご返答は?」


 レイングラードの重鎮たちから睨まれても平然とした様子で、ローランド国の使者は再度ラインハルトに返答を促した。


「既に返答は決まっている。バイバルス国王に伝えてくれ。我が国は奴隷制度を許可していない。だから、無条件降伏は受け入れられない。以上だ」

「……分かりました。国王陛下にお伝えします」


 返答を聞いたローランドの使者は説得することなく、ラインハルトに頭を下げて謁見の間を退出した。


「来るべき時が来たな。……将軍、喧嘩は売られたとカールに伝えてくれ」

「はっ!」

「宰相。予定通り、全国民に命が惜しければ首都に集まれと通達だ」

「畏まりました」

「後はどこまで耐えられるかだな……」


 ラインハルトはため息を吐くと、玉座に肘を乗せて頬杖をついた。




「そうか……とうとう動いたか」


 ナオミの家では、カールの電話で事を知ったナオミが、何の感情も現さず呟いた。


『予定通りとは言え、始まらない事を祈ってたが始まったな』

「あそこまで国が大きくなったら、誰もローランドの天下統一を止める人間は居ない。それが、平和になると信じてるからな」

『周りの国からしたら迷惑な話だぜ』


 その後、カールとナオミは計画の確認をして電話を切った。


「ルディ。ローランドが動いたぞ」


 ナオミは電話を切った後、横で話を聞いていたルディに声を掛けた。


「とうとうキターーですね」


 ルディはナオミに答えると、壁掛けのモニターに監視衛星からのレイングラードとローランドの国境を映す。

 すると、ローランドの国境側に多くの兵士の姿が映った。


「ハル。ローランドの兵は……ざっと見てどのぐらいの数ですか?」

『約30万人ほどです』


 スピーカーから聞こえたハルの回答にルディが頷いた。


「やっぱり宇宙の戦争と比べたら、人数少ねーですね」

『そもそも総人口が違うので当然です』

「何故か頼もしく聞こえるから不思議だな」


 ルディとハルの会話にナオミが肩を竦めた。


「さて、ここまでだらだらと用意してきたです」

「別にだらけてはいないと思う」


 ナオミがツッコミを入れるが、ルディは無視して全てのアンドロイドに命令を下した。


「春子さんの全員に通達です。「バイバルスのケツを蹴っ飛ばせ」作戦の開始です」


 こうして、ローランド国とレイングラード国の戦争が始まり、大陸の反対側では、ルディが行動を開始した。

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