第342話 爽やかな起床

 ブートキャンプの朝は早くて慌ただしい。

 朝の5時に起床のラッパが鳴ると同時に、全兵士が目覚めて起き上がり、素早くシーツを整えてから廊下に整列する。

 その間、僅か3分。少しでも遅れたら、全体責任の腕立て伏せが待ってた。


「点呼、開始!」


 廊下に兵士が並ぶと同時に、アスカの声が廊下に響く。


「1‼」、「2‼」、「3‼」、「4‼」、「5‼」……。


 彼女の号令と同時に、並んだ兵士が番号を叫ぶ。

 少しでも声が小さかったり、寝坊して番号が飛ぶと、当然ながら体罰が待っていた。


「196‼」、「197‼」、「198‼」、「199‼」、「200‼」…………。


 昨日までなら合格だった番号も、シプリアノとハシントが入隊した今日からは違う。


「番号1番、2番! 昨日、あの養豚兄弟に、ここでの暮しを指導したな‼」

「「イェス、マム‼」」


 大声で質問するアスカに、番号を呼ばれた兵士が大声で返答する。


「宜しい! 番号199番、200番。今すぐ、豚を起こしてこい‼」

「「イェス、マム‼」」


 アスカに命令された兵士は足早に部屋へ入ると、まだ寝ているシプリアノとハシントの頬を本気で叩いた。


「ぐは!」

「何だ貴様は!」


 叩き起こされたシプリアノとハシントが叫ぶ。

 だが、兵士は2人の訴えを無視して腕を引っ張り、無理やり廊下へ並ばせた。




 廊下に並んだシプリアノとハシントの下にアスカが近寄る。

 そして、彼らの耳元に顔を近づけて、鼓膜が破れようが構わず大声で叫んだ。


「ここでは惰眠を貪る事は罪だ! 連帯責任、腕立て20回‼」


 アスカの命令に、全兵士が床に伏せる。

 新人の2人は異常な光景が理解出来ず、ただ立ち尽くしていた。


「聞こえなかったか! 腕立て伏せだ‼」


 そんな彼らにアスカの怒号が飛び、ハシントの胸倉を掴んで右頬をビンタした。


「ひきぃ!」


 肉を打つ音が廊下に響き渡る。

 女性とはいえ、アンドロイドのアスカのビンタは大の男を吹っ飛ばす程の威力がある。

 頬を叩かれたハシントの鼻からは鼻血が流れ、それを横で見ていたシプリアノが腰を抜かして、床に尻を付いた。


「座るな、お前もだ‼」


 アスカがシプリアノに向かって叫び、腰を抜かした彼の胸倉を掴んで強引に立たせると、「やめろ!」と叫ぶ彼の頬をビンタした。


「腕立て用意!」


 再びアスカが命令する。しかし、2人はビンタされた事が理解出来ず、茫然としたまま動こうとしなかった。


「お前等は戦場でも、突っ立ったまま殺されるつもりか‼」


 アスカは2人に罵声を浴びせると、もう一度胸倉を掴んで強引に立たせて、今度は手の甲で反対側の頬をビンタする。

 その間、兵士たちは腕を曲げたまま体重を乗せて、待機を続けていた。


 このままでは永遠に叩かれる。

 その事を理解したシプリアノとハシントが、腕立て伏せの体勢になった。


「腕立て開始! 1、2……止め!」


 アスカは2まで数えるが、直ぐに中断して新人の2人を見下ろす。

 シプリアノとハシントは、今までの人生で腕立て伏せなどした事がなかった。

 そんな2人はたった2回の腕立て伏せで、太った体重に腕が支えきれず倒れた。


「誰が休んで良いと言った‼ 追加で40回、最初から‼」


 体罰を超えて、もはや暴力。

 容赦のないアスカの制裁に、シプリアノとハシントは泣いて許しを願うが、彼女はそれを聞き届けず強制的に腕立て伏せをさせた。


 結局、2人は早朝の腕立て伏せを40回したところでギブアップ。アスカも仕方がないと諦めた。

 なお、他の兵士も同じ回数をさせられていたが、彼らは2人が遅れている間中、一番つらい状態で待機していた。


 2人の腕は筋肉疲労で上がらないほど疲れ果てていた。

 だが、これはまだ始まったばかり。地獄はこれからが本番だった。




 朝食の時間になって、疲れた2人は何も食べたくなかった。

 だが、他の兵士に無理やり食堂へ連れてこられて、強引に食べ物を口に入れられた。

 味は悪くない。だが、疲れた体が食欲を受け付けず吐きそうになる。


「吐いたら体罰だぞ」


 無理やり食べさせている兵士が2人の耳元で囁く。

 腕立て伏せを恐れた2人は、人生で初めて泣きながら飯を食べた。


 訓練が始まって、午前中は領都を1周する進軍が行われた。

 2人は兵士の後に続いて歩くが、直ぐにアスカが進軍を止めた。


「201番、202番! ダラダラ歩くな! 連帯責任、腹筋20回‼」


 アスカの命令に兵士たちは仰向けになり、上半身を少しだけ浮かび上がらせ、辛い状態を維持して待機する。

 早朝の腕立て伏せで理解していたシプリアノとハシントも、周りに合わせて仰向けになった。


「腹筋開始! 1……止め! 201番、202番! 上半身が上がってない!」


 アスカが僅か1回で数えるのを止める。彼女の言う通り、2人は腹の贅肉が邪魔して腹筋が出来なかった。


「仕方がない。1番、2番!」

「「イエス、マム‼」」

「私は残りを連れて行く。お前らは、コイツ等の腹筋を見届けろ」

「「イエス、マム‼」」

「それと、腹筋を終えたら、進軍の仕方を教えてやれ」

「「イエス、マム‼」」


 アスカは他の兵士に腹筋をさせると、兵士2人とシプリアノとハシントの兄弟を残して進軍を再開した。




 2人はアスカが居なくなって解放されたと思っていた。

 だが、残された兵士は彼らに甘くなかった。


「では、腹筋を始めろ」


 1番と呼ばれた兵士が2人に命令する。

 だが、2人は腹筋をせず、命令した兵士にシプリアノが甘い声で話し掛けた。


「なあ、あの女が居なくな……ぐひゃ!」


 シプリアノが話し始めた途端、1番の兵士が彼の顔を拳で殴った。


「な、貴様!」

「あの女じゃない、アスカ教官だ。さっさと腹筋を始めろ」


 抗議するシプリアノを2人の兵士が見下ろす。

 兵士の目には一切の感情がなく、睨まれたシプリアノはそれ以上何も言えなくなった。

 2人が命令に従って腹筋を行う。腹筋している途中、シプリアノとハシントが目が合い、同時に脱出しようと考えた。

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