第341話 ようこそブートキャンプへ♪

 アルセニオたちが勉強会を開いているのと同じ時間。

 昨晩はたらふく酒と料理を飲み食いしたシプリアノとハシントの兄弟は、領主館の宛がわれた部屋で惰眠を貪っていた。

 2人は最初から真面目に働くつもりなど微塵もなく、デッドフォレスト領に来たのも、働いているフリをして公金で贅沢をしたかった。

 と言う事で、2人は当然ながらレインズから渡された資料を全く読んでおらず、働く時は全部の仕事を誰かに投げるつもりだった。


 だが、それはルディが最も嫌う人物であり、彼はそれを許すほど甘くない。

 昨日の夜にアンドロイドのイエッタから報告を聞いたルディは、直ぐに彼らを地獄へ落とすべく行動を開始した。




 ルディはイエッタから鍵を受け取ると、シプリアノが寝ている部屋のドアをバーンと開けた。


「失礼しやがるです!」

「……ん? ……飯か?」


 ルディの大声にシプリアノが起きて目を擦る。

 寝ぼけながら部屋を見回して、自分が何処に居るかを思い出した。


「ああ、あの田舎者の部屋か。田舎者らしく殺風景な部……‼」


 パーン!


 寝起きのシプリアノの呟きを最後まで言わせず、ルディの足蹴りが彼の顎を蹴り上げた。


「スイート・チン・ミュージックのモーニングコールです。田舎とか、豚がふざけた事を言ってんじゃねーです」


 足を降ろしてルディが呟く。顎を蹴られたシプリアノは、強制的に二度寝をさせられた。

 なお、スイート・チン・ミュージックとは、とあるプロレスラーが使っていた顎を蹴る技。

 基本的に不意打ちなので、蹴られたら理不尽な気絶をさせられる。


「ルディ。今、変な音がしましたが大丈夫ですか?」


 隣の部屋で寝ているハシントを起こしていたイエッタが、大きな音に気付いて様子を見に来た。


「問題ねーです。そっちはどーですか?」

「起こしていたら私をベッドに引き込もうとしたので、眠らせました」


 イエッタはそう言うと、拳を前に出して眠らせた方法をルディに教えた。


「そっちも酷でーですね。朝から盛ってんじゃねーです」


 ルディは立ちたくても立てない悔しさに、少しだけイラッとした。


「では、予定通りアスカの元へ運びますね」

「バカは死ななきゃ治らねーです。もし、コイツ等の根性が治らねーなら、死んだら死んだで構わねーですよ」

「分かりました。アスカは殺すようなヘマなどしないでしょうが、伝えておきます」

「ヨロシコです」


 こうして、シプリアノとハシントの兄弟は僅か2日目にして、ブートキャンプ送りとなった。




「コイツ等がそうなのか?」


 ロープで縛られ、さるぐつわまでされたシプリアノとハシントを、アスカが見下ろしてイエッタに質問する。


「ええ。ルディが言うには、バカは死んでも直らないから、殺しても構わないそうです」

「「ふがふが!」」


 アスカの質問に、イエッタが頬に手を添えて困った様子で答えた。

 アンドロイド同士の会話なら、わざわざ言葉にせずとも、電子頭脳同士のやり取りで事足りる。

 2人が言葉にして喋っているのは、目の前のシプリアノとハシントを脅しているのが目的だった。

 そして、目的の効果は十分すぎるほど兄弟を恐怖に落とした。


「分かった。領都の門兵にこの2人を中に入れるなと伝えてくれ。そうすれば、ここから逃げても冬の寒さで凍死する」

「了解。じゃあ、後はよろしくね」


 イエッタに向かって、アスカがニヤリと笑い返した。


「任せろ」




「さて、人間だと勘違いしているブタ。まだ理解していない様子だから説明するが、ここはブートキャンプ。新兵訓練施設だ」

「ふがふが!」


 場所を知ってシプリアノとハシントが暴れだしたので、アスカが2人の頭をパン、パンと叩いた。


「黙れ豚。泣いて良いのは屠畜場に送られる時だけだ」


 アスカが2人を豚と揶揄している通り、シプリアノとハシントは贅沢な生活を送っていたため、たっぷりと贅肉のついた体をしていた。


「豚の仕事とは何だ? まさか、豚が人間に命令できるなんて思っていたか? 勘違いするな。人間に命令出来るのは尊敬できる人間だけだ」

「ふがふが‼」


 人間扱いされず、シプリアノとハシントが抗議する。だが、さるぐつわをされている2人の声はアスカに届かなかった。


「お前たちの仕事は、そのぶよぶよな体とウジ虫以下の精神を鍛え直す事だ。これは王命でもあるから心せよ」


 王命と聞いて騒いでいたシプリアノとハシントが驚き、アスカを見上げた。


「信じられないか? だが今のは本当だ。デッドフォレスト領に来ても真面目に働く意思がなかった者は、ここへ送られる手筈になっている」


 その話がショックだったのか、シプリアノとハシントが唖然としていた。


「精々頑張る事だな。それと逃亡は考えない方が身のためだぞ」


 アスカは最後にそう告げて指を鳴らす。すると、筋肉ムキムキな数人の兵士が部屋に入って来た。


「では、あとは頼んだ」

「イエス、マム!」


 アスカの命令に兵士が敬礼する。

 彼女はそれに頷くと部屋を出て行った。


「さて、地獄へようこそ。ここでは身分の関係なく、誰もが同じウジ虫だ」

「「ふがふが‼」」 


 スマイルだけど目が笑っていない兵士に、シプリアノとハシントが恐怖を感じて暴れだす。

 そんな2人を兵士は引き摺って、地獄へと連れて行った。

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