第340話 運用設計
「そう言う事か……」
アルセニオと彼の同僚は、ソラリスが奈落の魔女の女中と知って納得していた。
戦争とはいえ、多くの人間を殺してきた奈落の魔女が政に関わっているのは、世間的によろしくない。
そこで、レインズ様と奈落の魔女は共謀して、この女中が領地改革を考えたという、可笑しな設定にしたのだろう。
「その女中は見せかけで、実際は奈落の魔女が設計書を作成したのですな?」
アルセニオがレインズに確認すると、彼は苦笑いを浮かべて頭を横に振った。
「いや、奈落殿は全く関わってない。一応、領地の一部を与えたが嫌そうに全て弟子に任せている。彼女の望みは、森の中で静かに暮らす事だそうだ」
「……は? では、本当に?」
考えを否定されて、アルセニオと同僚が再びソラリスを見る。
そのソラリスは、自分の事なのに全く表情を変えずにいた。
「うむ。この方針書と設計書は、全て彼女が自分で考えて作成したものだ」
再度レインズが真実を告げると、再びアルセニオたちは顎が外れるぐらい大きく口を広げた。
「そろそろ設計書について話をしよう。ソラリスも椅子に座りなさい」
「かしこまりました」
レインズに促されて、ソラリスが椅子に座る。
未だ信じられずにいるアルセニオたちはアホ面を収めると、レインズの話が本当か確かめるべく、ソラリスに質問する事にした。
「昨日、私が確認したところ、方針書に基づいて設計書が書かれている。その考えで間違いないか?」
「左様でございます」
「では、別に分かれている理由は?」
「方針が間違えば、作った設計が無駄になります。それでは効率が悪いので、まずレインズ様へ方針書のレビューを行い、間違いがないことを確認してから設計書を作成しました」
システムエンジニアなら当然の作業。
だが、それを知らない質問者は、仕事の仕方に感心していた。
「次は私の質問だ。聞くところによると人手不足らしいが、これほど完成している設計なのに、何故そのような事態が発生しているんだ?」
「追加要件が発生したためでございます。方針書の32ページをご確認下さい」
ソラリスの返答に、全員が方針書のページを捲る。
そこには、飼育場、ハム工場、羊毛工場の追加作成が記載されていた。
「これは私も読んだ。だが、追加要件なのに最優先と書いてある。その理由が知りたい」
「ご説明します。これは、領民の要望によるものと、出産率の増加、および、子供の死亡率を減らすのが目的でございます」
「ほう? これらを作ると出産率が増えて、子供の死亡率が減らせるのかね?」
「方針書を作成した後で人口調査をしたところ、去年の児童死亡率は48%でした」
「そんなにか⁉」
その数値にアルセニオたちは驚き、レインズは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
「これは前領主の重税により育児に必要な食料が購入出来ず、栄養失調による死亡。または、親の育児放棄が原因でございます」
ソラリスの説明によると、レインズの兄が領主だった僅か2年半の間で、デッドフォレスト領の全人口は80%まで落ちていた。
「以上から、現在のデッドフォレスト領では、人口増加が最優先事項でございます。豚肉は領民の要望によるものですが、衛生管理された養豚は食中毒が起こりません。そして、羊毛は体温の保湿効率が高いので、凍死による死亡を減らします」
「なるほど。『未来に幸あれ』だな」
子供の命を救う事が未来に繋がる。アルセニオの発言をソラリスが頷いた。
「左様でございます」
その後も色々な質問がソラリスに投げかけられたが、彼女はその全てをスラスラと答えた。
それでアルセニオたちも、この設計書がソラリスの手で作成された物だと理解した。
「……ふむ。若い女性でありながら、実に見事なものだ」
ソラリスへの質問が終わってアルセニオが呟く。
彼はこの設計書を作成したのが女性であっても、生涯の師として仰ぐ事に揺るぎはなかった。
そして、周りの皆たちも彼と同じく、ソラリスを師として仰ぎ始めた。
「では、そろそろ私からの要件を申し上げます」
ソラリスからの要望に、アルセニオたちが緊張する。
彼らからしてみれば、ソラリスは言わば天才。その天才から、自分たちにどんな仕事が与えられるのか? 期待と不安で胸が膨らんでいた。
「皆さまにはタスクスケジュール管理と、運用設計書、運用マニュアルの作成を行ってもらいます」
タスクスケジュール管理? 運用設計書? 運用マニュアル?
初めて聞く言葉に、全員が首を傾げる。
「タスクスケジュール管理とは?」
「進捗管理でございます。スケジュールが計画通り進んでいなければ、その原因を調査して、人を割り当て、他のタスクへの影響を減らすのが目的でございます」
ソラリスの返答に、質問者だけでなく全員が「なるほど」と頷く。
「では、運用設計とは?」
「物を作った後の管理方法でございます。運用設計には、通常運用と危機運用の2種類がございます。誰が、どの様に、何をするべきか。また、緊急事態を想定して、誰に連絡して、どの様に対応するべきか。その事を設計する書類でございます」
ソラリスは簡単に言っているが、運用設計書は完全に設計を把握していなければ作れない。
デッドフォレスト領で経営方法を学びに来たアルセニオたちには、丁度良い仕事とも言えた。
「最後の運用マニュアルは、仕事手順を書いた物でございます。これはフローチャートが必要なので、知りたい方は後で教えます」
ソラリスからの説明が終わり、レインズがアルセニオたちを見れば、彼らはやる気に溢れていた。
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