第339話 アルセニオの勉強会

 翌日。

 アルセニオは、レインズから旅の疲れの休養に1週間の休みをもらっていた。

 しかし、昨晩『デッドフォレスト領経営方針書』を読んだ彼は、方針書の内容に興奮して一睡もせず、その様子に家族が心配していた。

 そんな家族の心配を他所に、彼は居ても立っても居られず、一刻も早くこの気持ちを仲間に伝えたかった。

 そこで彼は、たまたま廊下を歩いていたソラリスに頼んで会議室を借りると、仲間を呼び集めて勉強会を開催する事にした。

 なお、アルセニオはシプリアノとハシントにも声を掛けたが、2人は昨晩遅くまで酒を飲んで眠っていたため、不参加だった。


「昨日。私は『デッドフォレスト領経営方針書』を読んだが、他にも誰か、この書類に目を通した者は居るか?」


 アルセニオの質問に全員が挙手して応える。

 彼らの表情を見れば、アルセニオと同じく方針書の内容に興奮していて、やる気に満ちていた。

 その彼らの様子にアルセニオが思わず笑った。


「はははっ。さすがは儂が見込んだ者たちだ。なら、話は早い。この方針書通り改革を行えば、間違いなくこの領地は発展する。それは儂が保証しよう」


 アルセニオの意見に反論を言う者は居らず、全員が同意して頷く。


「なら、儂らが呼ばれた理由は何だ? その答えは、この『デッドフォレスト領経営設計書』にあると見た!」


 アルセニオはそう言うと、分厚い『デッドフォレスト領経営設計書』を持ち上げてバンバン叩いた。


「今日、皆に集まってもらったのは、全員でこの設計書を読み、内容の確認と精査をするのが目的だ」

「アルセニオ様、私が見た所一睡もしておらぬ様子ですが、大丈夫ですか?」


 興奮冷めやらぬアルセニオを心配して、同僚の1人が声を掛ける。だが、彼はそれを鼻で笑った。


「こんな物を読まされて、誰が眠れるものか! 昨日の夜は儂の人生の中で最高の夜だったぞ」

「それは後で、奥様に報告しなければいけない事案ですな」


 別の誰かが冗談を言うと、アルセニオが恥ずかしそうに頭を掻いた。


「あいや、もちろん妻との夜は別じゃ!」


 その返答に全員が笑っていると、部屋の扉からノックの音がして、レインズがルイジアナとソラリスを連れて部屋に入ってきた。




 レインズの来訪に、部屋の中の全員が立ち上がって頭を下げる。


「構わん。ここでは格式ばった仕来たりは不要だ。まあ、挨拶ぐらいはして欲しいけどな」


 レインズは冗談を言ってから、アルセニオたちを席に着かせる。

 レインズとルイジアナは空いている席に座り、ソラリスが全員分のお茶を淹れた。


「早速やってるらしいな。廊下まで声が響いていたぞ」

「それは恥ずかしい。この方針書の内容が素晴らしくて、つい興奮してしまいました」

「俺も同じだ。これを読んだ時は一睡も出来なかったよ。それで、アルセニオ殿から見てどうだった?」

「私が読んだところ、内政、治安、防衛。方針書に漏れはございません。しいて言うならば、外交面の対策が若干物足りない気がします」

「さすがはアルセニオ殿だな。その考えに間違いはない。だが、今は外交よりも内政に重点を置きたい」


 そう言うレインズだが、本当の理由は後1カ月もしない内に、ローランド国との戦争が始まる。その結果次第では、ハルビニア国とローランド国が敵対する可能性があった。

 それ故、今の段階で外交の計画を立てるには、未知数な要素が多くて書けなかった。


「なら、方針書にそれを書くべきでは?」


 アルセニオの指摘にレインズが頷いた。


「なるほど、確かにその通りだ。その指摘があるだけでも、招いた価値があったな」


 貴族の中には他人の意見を聞かず、逆に激怒する者も居る。

 レインズはその類ではない事にアルセニオは安堵した。


「実はその書物を書いた人物を招いている」

「真ですか?」


 レインズの話に、全員の視線がルイジアナに向いた。

 全員からの視線を浴びて、ルイジアナが思わず苦笑いを浮かべる。そして、左右に手を振って「私じゃない」と答えた。


「レインズ様。悪ふざけはやめてください」

「おっと、失礼した」


 ルイジアナに叱られて、レインズが笑って謝罪した。


「改めて紹介しよう。設計書を書いたソラリスだ。分からない事があったら、彼女に聞きたまえ」


 レインズの紹介に、彼の背後に控えていたソラリスが頭を下げた。


「ソラリスでございます。以後、よろしくお願いします」


 華麗なカーテシーを披露するソラリスに、ただの女中と思っていたアルセニオたちは、顎が外れるほど大きく口を開いた。




 アルセニオたちが口を開いたまま動かなくなって、1分が過ぎた。

 レインズとルイジアナはこの結果を予想しており、必死に笑いを堪えていた。

 逆にソラリスは表情を変えず、アルセニオたちに視線を向けたまま、彼らが正気に戻るのを待っていた。


「な、な、なんですとーーーー!」


 最初に誰かが正気を取り戻して大声で叫ぶ。

 それを皮切りに、全員が正気を取り戻して騒ぎ始めた。


「レ、レインズ様! 冗談はおやめ下さい。ただの女中がこの計画を考えたなんて、あり得ませんぞ」


 アルセニオの発言にレインズが肩を竦める。

 女性蔑視な発言だが、封建社会では女性の社会進出は皆無に近い。彼の考えは一般常識として間違っていなかった。


「まあ、そう考えるのもやむを得ない。ただ、彼女は奈落の魔女の女中だと知ったらどう思う?」


 奈落の魔女⁉

 思わぬ人物の名前が出て、アルセニオ以下全員が目を見張った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る