第338話 未来の為の設計

 レインズと面会した後、アルセニオは心配している家族の下に戻った。


「貴方、どうでしたか?」


 カテリーナの問いかけに、アルセニオが優しく微笑む。


「安心しなさい。給金も悪くないし、この館の空いている部屋にただで住んでも良いらしい」


 アルセニオの返答に、カテリーナだけでなく3人の子供も安堵した。

 アルセニオの家族は彼を含めて5人。アルセニオと妻のカテリーナ、17歳と15歳の2人の息子と、末っ子に14歳の娘が居た。


「それで、レインズ様はどのような方でしたか?」

「そうだな……。実兄を殺して領主になったから、簒奪者という話もあったが、実際に会ってみれば、さすがは陛下の元側近。一度会っただけですぐに優秀だと分かった」


 長男のレオナルドの質問にアルセニオが答える。

 そうは言うが、アルセニオの中では、レインズは領主になってまだ半年。不慣れな面もあるだろうから、自分が支えてやらねばと考えていた。


「カテリーナ。レインズ様の奥方のルネ様は、話し相手が居ないらしい」

「まあ、そうなのですか?」

「うむ。以前この領地に居た有力者の全員が、前領主と共に刑を受けたか、土地から去ったらしい」

「……まあ」

「レインズ様から直々にお願いされて、ルネ様の話し相手にお前を貸してくれと言われた」

「分かりました。そのような事情があるならば、喜んでお引き受けします。その時は、ミランダも連れて行きましょう。宜しいですね」

「分かりました」


 カテリーナから視線を向けられて、娘のミランダが頷いた。


「それから、レオナルド、ユージン。お前たちにも仕事があると思う。2人協力してレインズ様を支えるんだぞ」

「「はい!」」


 アルセニオの真面目な性格を受け継いだ2人の息子は、彼の話を真面目に受け取り頷いた。




 この日の夕食は領地へ来た8貴族の為に、簡素な歓迎パーティーが開催された。

 パーティーに出された食事は、ルディから購入した調味料を「なんでもお任せ春子さん」の1人、ダイアナが指導した料理人が作った物で、誰もが絶賛していた。


 そのパーティーでレインズからルネが紹介されると、夫に付いて来た女性たちは、ルネの美しさと素材を生かした化粧技術を絶賛した。


 一方、男性陣はハクや行政官長のナッシュ。他にもレインズの手伝いをしているタイラーたちと、身分など関係なく交友を結んでいた。


 だが、アルセニオたちが真面目に交友を結んでいる間、共に招かれたシプリアノとハシントの2人は、ナッシュたちを平民と馬鹿にして、パーティーに参加していたルイジアナに付きまとっていた。


「いやーエルフという種族は美しいですな。ルイジアナ殿は誰か親しい方はいるのかな?」

「…………」


 ハシントがスケベな顔をして、ルイジアナに声を掛けるが、彼女は無視していた。


「もし、居ないのなら儂か弟のどちらかと、お付き合いせぬか? それとも2人一緒でも儂は構わぬぞ」


 さらにシプリアノが下種な言葉を掛けていると、見かねたレインズが止めに入った。


「シプリアノ殿。ルイジアナ殿は私の部下ではなく友人だ。これ以上嫌がる事はやめたまえ」

「おや? 既にレインズ殿の物でしたか。これは申し訳ございませんでした」


 シプリアノがルイジアナをレインズの情婦と勘違いして謝罪した。

 それにレインズはキレそうになるが、主催者がパーティー中に騒ぐのはあってはならない事。

 ルイジアナは、レインズの肩を押さえて止めに入った。


「レインズ様、怒ってはなりません。働きに来た人たちの印象が悪くなります」

「……そうだな。シプリアノとハシント。次はないぞ」

「失礼しました」


 レインズにシプリアノとハシントが渋々と謝る。そして、女が居なければ、飯を食おうとこの場を去った。


「嫌な思いをさせて、すまない」

「レインズ様、私は気にしていません。それに、次はないと言ってましたが、あの2人は既に手遅れです」


 ルイジアナはレインズに答えると視線を部屋の奥へと向ける。

 レインズも彼女の視線の先を追うと、そこにはイエッタがシプリアノとハシントを監視していた。


「なるほど。手遅れだな」

「ええ。冬の訓練は厳しいでしょうね」


 イエッタからの報告を聞いたら、ルディは2人を許さないだろう。

 レインズとルイジアナは、お互いに肩を竦めると、こっそりと笑い合った。




 パーティーが終わった後。

 アルセニオは一日でも早く仕事に取り掛かりたいと、パーティー中の酒を控えて、受け取った『デッドフォレスト領経営方針書』を読み始めた。


 アルセニオは方針書からデッドフォレスト領の現状を把握して、自分なりの経営方針を考えようとしていた。

 別に設計書を馬鹿にしているわけではない。ただ、アルセニオにも長年領地を潤滑に維持してきた経験がある。彼はそれをレインズに伝授しようと考えていた。


 ところが方針書読み始めると、その出来の良さに感心を超えて感激してしまった。


「これは領主の為の計画ではない。領民の税金を領民の為に使う為の計画だ……」


 領主として優秀だったアルセニオは、『デッドフォレスト領経営方針書』を読んだだけで計画の目的を見抜いた。


「これが『未来に幸あれ』という意味なのか……」


 『未来に幸あれ』


 未来が幸せになるのなら、今が苦しくても希望の光は民に輝きを照らす。

 アルセニオは、この計画を考えた人物を生涯の師と尊敬した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る