第337話 やってきた没落貴族

 ルディが王都からデッドフォレスト領に帰って、20日が過ぎた頃。

 領都の領主館に、50人以上の来客が訪れた。

 彼らは全員、ルディがクリス国王に頼んでいた、バシュー公爵との政争に負けた、元貴族とその家族だった。


 現在、彼らは家族を別室に残して、代表の8人がレインズと面会をしていた。


「お久しぶりです、ドゥラン卿」

「いや、もうドゥラン家は滅びました。今の私はただのアルセニオです」


 レインズの挨拶に50代半ばの身長の高い男性が頭を下げる。

 彼の名前はアルセニオ。元はドゥラン家という名の伯爵家の家長だった。

 彼はバシュー公爵の賄賂政治では、正しい人材が適材適所の役職に就けないと反対して、バシュー公爵の怒りに触れた。

 その結果、財務大臣のバシュー公爵の手により、彼の領地へ行く品は高い関税が掛けられ、僅か数年で没落した。


 レインズと面会している8人の内の6人が、元ドゥラン伯爵家と懇意の下級貴族だった。

 彼らはドゥラン家が爵位を奪われる際、バシュー公爵に反対して、ドゥラン家と共に爵位を奪われた者たちだった。


「まさかドゥラン卿……いや、アルセニオ殿が来て下さるとは、思ってもいませんでした」


 レインズはクリス国王の側近だった頃にアルセニオと会っていた。そして、彼の質実剛健な性格に好意を持っていた。


「ペニート宰相から手紙が来た時は悩みましたが、私にも養う家族が居るので恥を忍んで来ました。レインズ様、よろしくお願いします」


 アルセニオと彼と懇意の下貴族が、レインズに深々と頭を下げる。

 その様子はただの平民には見えず、今でも彼らは貴族としての心を持っていると分かった。




「レインズ、暫く世話になるぞ」


 レインズとアルセニオが話している途中で、小太りのまだ若い男性が横から口を挟んできた。

 男性の名前はシプリアノ。そして彼の後ろに居るのが弟のハシント。

 2人も元はソロリオという名の元子爵だった。

 ソロリオ子爵家が持っていた領地はワインの生産で有名だった。だが、彼はバシュー公爵への付け届け(賄賂)を疎かにした結果、彼の領地を狙う別の貴族がバシュー公爵の力を借りて兄弟の領地を奪った。


 2人は土地と爵位を奪われたが、財産までは没収されておらず、平民に落ちても残った財産で、そこそこの贅沢をしていた。

 だが、その財産もそろそろ底が見え始め。どうしようか悩んでいたところに、ペニート宰相から誘いの手紙が来た。

 手紙を読んだ2人は、適当に仕事をやって金でも稼ごうと、デッドフォレスト領へやって来た。


「今は平民だが、私は子爵として其方よりも先輩だ。まあ、安心したまえ。がははははっ」


 突然先輩風を吹かしたシプリアノにアルセニオがムッとして、注意しようとする。だが、その前にレインズが手を出して彼を止めた。


「……シプリアノ殿、ハシント殿よろしく頼みます」


 そう言ってレインズが微笑む。だが、その目は笑っていなかった。

 それに気づいたアルセニオが目を見張り、レインズが甘いだけの男ではないと知る。

 だが、シプリアノとハシントは、それに気付かずムッとした。


 2人が不貞腐れた理由は、レインズが呼んだ敬称にあった。

 貴族に「卿」と付けて言えるのは、同じ貴族か王族のみ。平民ならば、「様」を言わなければいけない。逆に貴族が平民を敬称で呼ぶ場合は、「様」とは言わず「殿」と言う。

 つまり、2人は未だ自分が貴族だと自負しており、それをレインズはバッサリと「お前は平民だ」と言い捨てていた。




「それでは、これからお願いする事を説明しよう」


 レインズが話し始めると、全員が身を引き締めた。


「ここでは、俺を含めて全員が給料制だ」

「……は?」


 領主が給料制?

 それを聞いた全員、目玉が出そうになるぐらい驚いた。


「まあ、驚くのも無理はない。一応、給料は高いけど社交費が無いから自分の懐から出している。館の維持費が税金払いで助かってるよ」


 全員……特にシプリアノとハシントの驚き具合に、レインズが笑った。


「別に貧乏というわけではないから、そこは安心して欲しい。君たちの給料は、家族の人数に応じて支払う予定だ。それと住まいは、借家が希望なら後で紹介するが、特に希望がなければ、この館の空き部屋が沢山あるから、そこを使うとよい。あと、飯代は自腹だ……良いことを教えてやる。ここの飯は美味いぞ」


 淡々とレインズが説明するが、全員未だに領主が給料という衝撃から抜け出せず、上の空で聞いていた。




 レインズは給金の話を終えると、机の引き出しから紙の束を取り出して机の上に置いた。


「これは領地を円滑に運営するのに、必要な物が全て書いてある計画書と設計書だ」


 レインズはそう言うと、『デッドフォレスト領経営方針書』と『デッドフォレスト領経営設計書』を全員に配布した。

 今まで皮の紙しか見た事のない彼らは、まず設計書の植物紙の肌触りに驚いた。

 ページを捲って文字の美しさに見惚れる。

 さらに、隣と見比べて、書いてある文字が全て同じ文体な事に驚いていた。


「これはまだ序の口だ。中身を読んだらもっと驚くぞ」


 彼らの反応をレインズが面白おかしく見ていると、アルセニオが質問してきた。


「一つ、よろしいですかな?」

「何だ?」

「レインズ様は、このデッドフレスト領をどのような地にするつもりですか?」

「それなら計画書の冒頭に書いてある。読んでみろ」


 レインズに促されて、全員が計画書の最初のページを読む。そこには……。


   『未来に幸あれ』


 たった一言、ルディの文字で書かれていた。

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