第335話 月下の人形
リーダーがソラリスを見て息を飲む。
相手は丸腰の女が1人。殺そうと思えば、殺せるはず……。
だが、気持ちとは裏腹に、武器を掴もうとする手が動かなかった。
白い肌に透明感のある純粋な容姿。
月光を浴びる姿はまるで、月の女神の様に美しい。
だが、おかしい。何故、この女から、一切の感情を読む事ができない?
どんな人間でも戦う前には多少なりとも感情が現れる。恐怖、快楽、怒り……。それらの感情がない人間……まるで人形。
リーダーはそこまで考えると、武器を掴もうとしない理由が恐怖だと気が付いた。
「警告。貴方は艦長殺害未遂の現行犯として、拘束する事が決定しております。抵抗、あるいは逃走した場合は、こちらも暴力行為をもって身柄を拘束します」
ソラリスからの警告にリーダーが顔をしかめる。要は素直に捕まれと言いたのだろう。
だが、せっかく奈落の魔女から逃げたのに、ここで捕まるわけにはいかない。
リーダーは心の中に沸いた恐怖を捨てて、腰のスティレットを抜く。
ソラリスを睨んで武器を構えた。
「抵抗と判断。強制拘束させて頂きます」
暗殺者のリーダーの行動を、ソラリスは反乱分子と判断。拘束行動を開始した。
武器を構える暗殺者のリーダーとは反対に、ソラリスは武器を見ても何も思わぬ様子で近づいてきた。
その無防備な行動に、暗殺者のリーダーは何か隠しているのかと疑う。だが、もう彼の頭の中では戦う以外の選択肢はなかった。
暗殺者のリーダーの間合いにソラリスが入る。同時に彼女の胸へと目掛けてスティレットを突き出した。
その動きは素早く、一般人なら何も見えないまま心臓を刺され、戦いに慣れている人間でも躱すのが難しいほど。
だが、スティレットが刺さる寸前。ソラリスが左腕でスティレットの刃を振り払う。同時に右手を手刀にして、驚く暗殺者のリーダーの喉に突き出してきた。
暗殺者のリーダーが首を傾けて回避するが、手刀は彼の首を僅かに掠めて、首がチリッと痛んだ。
慌てて後ろに飛びのき首元を押さえる。首元から離して手を見れば、指に血が付いていた。
指に付いた血に暗殺者のリーダーの背筋が凍った。
素早さに自信があったが、ソラリスはあっさりと躱したうえに反撃してきた。しかも、その攻撃は彼と同等かそれ以上に速かった。
「何なんだお前は!」
「黙秘します」
思わず暗殺者のリーダーが尋ねるが、ソラリスの返答は黙秘。
彼女は一度、カールの息子のドミニクとションの前で名乗り、後からルディに叱られて以降、この手の質問に対しては黙秘を貫いていた。
「…………」
会話が通じない。
暗殺者のリーダーはソラリスとの会話を諦めると、実力行使に出た。
再びスティレットで刺すと見せかけて、体を低くして足払いを仕掛ける。不意を突かれたソラリスの足に、暗殺者のリーダーの足が引っかかった。
だが、転ぶかと思いきや、彼女の足は大木の様に揺るがず、びくともしない。
暗殺者のリーダーが両手を地面に付けて逆立ち、体をスピンしてソラリスの顔目掛けて蹴りを繰り出すが、ソラリスは右腕を振って足を弾き返した。
暗殺者のリーダーが立ち上がって、スティレットを突き出す。
ソラリスは目の前に迫るスティレットを見るや、左手でがっちり掴んだ。
「無駄でございます」
ソラリスはそう言うと、スティレットに親指を押し当てて、途中からぐにゃりと曲げた。
「なんだ、その力は……」
人間とは思えない力に暗殺者のリーダーが呻く。
「仕様でございます」
ソラリスが武器を掴みながら逆の手で暗殺者のリーダーの首を掴む。
そのまま持ち上げて、暗殺者のリーダーの体が宙に浮いた。
「……ぐぐっ!」
暗殺者のリーダーは首を押さえられて呼吸が出来ず、ソラリスの手を掴んで放そうと試みる。
だが、剥がそうとも彼女の手はびくともせず、さらに力を込められた。
ソラリスはそのまま暗殺者のリーダーの首を絞め続け、死ぬ寸前に解放する。
解放されて暗殺者のリーダーが地面に倒れた。
「……任務完了」
口から泡を吹き痙攣している暗殺者のリーダーを見下ろして、ソラリスが呟く。
暗殺者のリーダーの体から武器を剥がして捨てると、彼を肩に担いで白鷺亭へと足を向けた。
翌朝。
王都の中央通りにある噴水の銅像に、縛られて噴水の水を全身に浴びている6人の男性が見つかった。
彼らは全員全裸であり、両手両足をロープで縛られ、さるぐつわまでされていた。
そして、噴水の前では木の看板が立掛けられており、その看板には……。
『ハードコアなプレイなう by 暗殺者』
と、一般人には理解できない言葉が書かれていた。
そのせいで発見されても暫く放置されていたが、誰かが衛兵を呼んで、公共でわいせつ物を露出している彼らを衛兵が捕らえた。救出したとも言う。
真冬の夜に噴水に浸かっていれば、当然ながら風邪を引く。
なお、彼らが風邪を引いたのは寒さのせいではなく、ナオミのサイレント魔法のせい。
衛兵は事情徴収をしたくても、意識が朦朧としている相手から事情を聴く事が出来なかった。
王都の城門を抜けたルディたちは、輸送機を停めている場所に向かって歩いていた。
「まさか、アイツ等を暗殺者だと書くとは思わなかったよ」
ルディが書いた看板を思い出したナオミが笑いそうになる。
なお、彼女が笑いそうになるのは、これで4回目。
「あの手の稼業は顔がバレたらお終いです。どーせ証拠がないから、捕まらねーけど、アイツ等は二度と仕事出来ないです」
「まあ、殺してないし、証拠もない。しかも、被害者が暗殺者かもしれない状況では、さすがにバシュー公爵は何もできないだろう」
「あの爺さんの悔しがる顔が見れねーのが残念です」
ナオミもその通りだと、2人同時に笑った。
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