第336話 最強の軍隊
デッドフォレスト領の領都近郊にあるブートキャンプでは、多くの兵士がアスカによって鍛え上げられていた。
数カ月前。
ブートキャンプに来たばかりの彼らの体つきは、今までの悪い食事事情から、ガリガリに痩せているか贅肉の塊のどちらかだった。
だが、毎日スタミナを重視した基本運動で鍛え上げられ、ルディ考案のバランスを考えた食事を与えた結果、彼らはたった数ヶ月で筋肉が付き、逞しい兵士へと変貌していた。
そして、肉体だけでなく精神面でもそれは同じ事。
当初、元は狼藉者だった労役兵と、給金が目的で志願した警備兵の士気は最低だった。
だが、鬼の様に厳しい規律、集団生活と連帯責任で精神面を鍛えた結果。使命感が生まれ、不屈の精神が備わった。
たった数ヶ月。それだけで、彼らは肉体でも精神面でも、一般人から軍人として生まれ変わっていた。
なお、教官のアスカから毎日叱咤されているうちに、何かが目覚めたのか、彼らが彼女を崇拝してしまったのは致し方がない。
開戦までブートキャンプで生活しているホワイトヘッド傭兵団は、焦りを感じていた。
ここへ来た当時、ヘロヘロになって訓練している兵士の様子を見て、彼らが僅か数カ月で戦える兵士になるとは思っておらず、嘲笑っていた。
だが、次第に兵士の体に筋肉が付き始め、目付きが変わる様子に、今度は逆に自分たちの方が焦り始めた。
このままだと、俺たちの方が弱くなるかもしれない。
それは、長年戦場で戦ってきた彼らのプライドが許せなかった。そして、死んだ仲間の傭兵にも申し訳がなかった。
待機とはいえ、何カ月もダラダラ過ごして勘が鈍るよりも、兵士と一緒に体を鍛えた方が戦場で生き残れる。
そう考えた傭兵団のリーダーのスタンは、アスカに頼んで傭兵団の訓練参加を志願した。
その願いをアスカが了承。こうして、ホワイトヘッド傭兵団もブートキャンプに参加した。
傭兵は言わば人殺しのプロであり、歩兵としてだけ見れば、軍兵よりも強かった。
だが、ブートキャンプの訓練はスタミナ重視であり、必要な筋肉が違う。
筋肉には大きく分かれて遅筋と速筋の2種類に分かれている。マラソンなど持久力に必要なのは遅筋であり、ダッシュなど瞬発力に必要なのは速筋だった。
ブートキャンプでは、遅筋は進軍訓練とランニングで鍛え、速筋はアスレチックで鍛える方針を取っていた。
傭兵は戦うのに必要な速筋を重視しており、遅筋はあまり重要視していない。
だが、戦場が長期戦になるとスタミナ勝負になるため、ある程度の遅筋は鍛えている。
しかし、彼らのスタミナでは、ブートキャンプの訓練に付いて行くのは無理だった。
アスカと兵士が歌いながら平然と走る後ろで、汗をダラダラ掻いている傭兵が何とか付いて行く。
「全員止まれ!」
その様子に、アスカは走るのを止めて傭兵に近づく。
そして、へばっている彼らを睨みつけた。
「声を出して歌え! 連帯責任、腕立て20回!」
それを聞いた傭兵は悲鳴を上げて、逆に兵士は素直に従う。
最初に見た時嘲笑っていた傭兵は、訓練に参加して初めてブートキャンプが過酷な物だと知った。
傭兵団が訓練に参加した頃は、兵士の体つきが良くなり始めていた。
そこでアスカは、兵士と傭兵に分けて格闘訓練をする事にした。
彼女が渡した武器は、やや短い竹刀に布を巻いた物。
全員初めて竹刀を見るが、自分の腕を叩いてもそれほど痛くなく、これなら本気で叩いても相手が怪我をしないと納得した。
格闘訓練を始めると、戦い慣れている傭兵側が圧勝した。
彼らはそれで飯を食っているから、当然といえば当然だった。
だが、負けた兵士はアスカの教育で、諦めるという心を既に失っていた。負けても負けても、ゾンビの様に立ち上がる。
それには傭兵も驚き、その根性がこれから戦場で一緒に戦う仲間として頼もしく思えた。
そこで傭兵は、自分が持っている殺しの技術を、彼らに教える事にした。
剣術、格闘術、立ち回り……全て戦場の経験から身に着けた独学だったが、素人同然だった兵士は、それらの技術をスポンジの様に吸収して、みるみる強くなっていった。
こうして、ホワイトヘッド傭兵団がブートキャンプに参加してから、兵士と傭兵は相乗効果で強くなり、現段階では地上最強の軍隊が誕生した。
「まさか俺の傭兵団がここまで強くなるとは思ってなかった。アスカ教官には感謝する」
兵士と傭兵が訓練している様子をスタンが離れた場所で眺めながら、同じく隣で様子を見ているアスカに話し掛ける。
「私1人では限界があった。こちらも感謝する」
アスカは訓練の様子から目を離さず、珍しく彼に感謝を述べた。
スタンは他の傭兵とは別に、アスカから指揮官として必要な戦術を学んでいた。
金で雇われている傭兵団は、基本的に依頼主から使い捨てにされて、激戦地へと送られる。それ故、戦場で死ぬ者も多かった。
そこでアスカは、悪条件の中でも使える陣形や戦術をスタンに教えた。
スタンもある程度は知っていたが、アスカから陣形や戦術の意味を事細かく教わり、改めて有効性を理解した。
「ところで、アスカ教官が戦争に行かないというのは本当なのか?」
ここまで兵士たちを鍛えているのだから、アスカも戦場に赴くと思いきや、彼女は行かないと聞いており、スタンは改めて彼女に尋ねた。
「行かない。いや、行けない。戦場はカッサンドルフだけじゃないからな」
その返答に、スタンはアスカの考えている事が分かった。
「まさかアスカ教官が残るのは、デッドフォレスト領を守るため?」
アスカがスタンへ振り向き微笑んだ。
「アイツ等が帰る故郷を守らんでどうする」
おそらく彼女は使い物にならない余り者の守備兵を集めて、デッドフォレスト領へ攻めて来るローランド兵と戦うのだろう。
そう考えたスタンは、同じ指揮官としてアスカの男気を尊敬した。
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