第334話 追われる暗殺者
暗闇の中で暗殺者のリーダーはルディの動向を伺いながら、思考を巡らしていた。
暗くて髪の色は分からないが、目の前のガキが今回のターゲットなのだろう。
ならば直ぐに殺すか? いや、このガキは今何と言った? 闇の中にも関わらず俺たちの数を正確に数えていた。それに、外の見張りの数も正確だった。
つまり、このガキは、魔法か何かで俺たちの姿が見えていて、事前に襲撃される事を知っていた。
逃げずに待ち伏せていたという事は、俺たちに勝てる自信があるのだろう。
「失敗だ」
暗殺者のリーダーはそう分析すると、迷わずルディを殺す事を諦めて、逃走を選択した。
その命令に、窓側に居た手下が窓の板戸を蹴り破って外へ飛び出す。
彼の後に続いて、暗殺者のリーダーともう1人の手下も窓から逃走すべく走り出した。
「ちょっ! マジですか?」
せっかくやる気だったのに、相手が逃げ出してルディが慌てた。
せめて1人だけでも倒したいが間に合わない。そう判断すると、ルディは電子頭脳の高速処理を開始した。
スローな世界でルディだけが高速で走りだす。
3人の内2人は外に出て間に合わない。だが、最後の1人が窓の縁に足を掛けたところでルディは追いつき、背後から服を掴んだ。
もう片方の手で相手の肩を掴んで強引に振り向かせると、相手の腹部目掛けて前蹴りを放つ。
相手が前のめりになったところで、自分の体を半回転して背中を向け、自分の肩に相手の顎を乗せると尻から床に落ちた。
ルディの得意なプロレス技スタナーは、通常でも顎と脊髄にダメージを与える。それが高速処理中に掛けられると、相手は急に振り向かされたと思った途端、同時に顎が砕けて脊髄に深刻なダメージを負う。
実際に今、ルディにスタナーを食らった暗殺者は、顎と脊髄の骨が折れて、ピョーンとのけ反った。
電子頭脳の高速処理が終了して、ルディが床から立ち上がる。
窓の木枠に腕を乗せて笑みを浮かべ、逃げる暗殺者の後ろ姿を見送った。
「僕たちが逃がすとでも思ったですか? それは甘々です」
ルディはそう呟くと、気絶している2人の暗殺者を、ロープで縛り始めた。
走りながら暗殺者の1人が後ろを振り返る。
一緒に逃げたはずの同僚が居ない事に、舌打ちをした。
「パータが来てねえ」
「諦めろ」
手下の報告に、暗殺者のリーダーは無情な判断を下した。
パータは逃げる前から利き手に怪我を負っていた。そして、あのガキは、剣術に自信がある様な事を言っていた。
下手な救出は自分の身が危うくなる。彼は手下の救出を諦めた。
仲介人はガキ1人に、俺を含めて6人ものプロを集めて、殺せと命じた。魔法か剣術か……もしくは両方? つまり、ただのガキではなく、それだけの力を持っていると言う事だろう。
今回の依頼は、内容にしては報酬が良かったから受けたが、失敗した。
本当はもう少し時間を掛けて相手を調べる必要があった。
だが、決行前に宿へ忍ばせた手下からの情報だと、明日には王都から出て行くと話していた。
王都周辺の街道は人通りが激しく、相手の移動手段も、目的地も分からない。
結局、ガキ1人殺すだけだと行動に移したが、それがそもそも間違いだった。
「……うっ!」
暗殺者のリーダーが走りながら思考を巡らしていると、背後を走っていた手下の呻き声が聞こえた。
足を止めて振り向くと、手下は首元を押さえ四つん這いになって倒れていた。
「おい、どうした……」
「ま、魔法…だ。に……げ…ろ……」
手下が苦しそうに脂汗を垂らし、辛うじて声を出す。
「魔法……⁉」
魔法と聞いて驚愕していると、路地の方から気配を感じた。
暗殺者のリーダーが慌てて振り向くと、路地の影から赤い髪の女性が現れた。
その姿を見た瞬間、彼の頭の中で、地獄の景色の中、笑う魔女の姿が現れた。
「お前は……ま、まさか……まさか……!」
顔に火傷の跡はない。だが、あの赤い髪には見覚えがある。
戦火の中、理解不能な魔法でローランド兵を虐殺し続けた悪魔。
この女は……奈落の魔女だ‼
暗殺者のリーダーは、ナオミの正体を思い出した瞬間、手下を捨てて一目散に逃げだした。
逃げた男をナオミは何もせずに見送った。
「状況判断が早くて的確だ。あれはプロだな」
ナオミはそう判断すると、ふっと笑った。
「別に私がやっても良いが。せっかくだから最後の獲物はアイツに任せよう」
逃げても逃げても追いつかれる。
暗殺者のリーダーは、恐怖心から無我夢中で街中を走った。
あの魔女に喧嘩を売ったら最後、待っているのは死。
この稼業に居る人間ならば、奈落の魔女の暗殺依頼を受けた者たちの末路を誰もが知っている。
冗談じゃねえ! 何が簡単な仕事だ‼ 相手は地上最悪の魔法使い、奈落の魔女だぞ。
正体を知っていたら、大金を貰ってもこんな依頼受けねえ‼
「はぁはぁはぁはぁ……」
息が切れたから、路地裏に隠れて息を整える。
顔は見られてないはず……だが、分からない。俺はもうこの業界では生きていけない。今すぐ足を洗って田舎で暮らそう。
引退を決意した暗殺者のリーダーは、この業界の人間しか知らない道を歩いて王都から出ようとする。
カツ、カツ、カツ……。
だが、道を歩いている反対側から彼の元へ近づく足音が聞こえて来た。
「まさか、追い付いて来たのか⁉」
暗殺者のリーダーが足を止めて警戒していると、月光の下、メイド服を着たソラリスが姿を現した。
「お待ちしておりました」
ソラリスは暗殺者のリーダーに向かって話し掛けると、丁寧なカーテシーを披露した。
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