第332話 夜襲に備えて

 白鷺亭に帰ったルディとソラリスは、今回も店長から厨房を借りて、自分たちの夕食を作った。

 ルディが作っているのは、オニオンスープの餡かけ炒飯。

 ソラリスが作っているのは、家から持ってきた豚肉を使った餃子。


 ルディが作る餡かけ炒飯は、温めたラードにご飯を入れて、具は卵、ネギ、豚肉だけのシンプルな炒飯に、とろみを付けたオニオンスープを掛けた料理だった。


「チャーハンと餃子は黄金タッグですね」


 ルディが呟いていると、横で餃子を作っていたソラリスが質問してきた。


「餃子に羽根は付けますか?」

「とーぜんです。サクサクにしたいから、小麦粉を使いやがれです」


 餃子の羽根とは、焼き上がり寸前に小麦粉、もしくは片栗粉と水を混ぜた物を掛けて蓋をする。

 すると、餃子に薄い羽根の様な皮ができて、その歯応えを楽しめた。

 なお、小麦粉で作るとサクサクになり、片栗粉だとパリパリと固い羽根の餃子ができた。


「味付けが絶妙だし、とろとろスープがパラパラのご飯に混ざって美味しい」


 宮廷料理には見向きもしなかったナオミが、チャーハンと羽根付餃子はペロリと食べて絶賛した。

 そして、お裾分けを貰った店長も一口食べて……。


人生に乾ききっていた俺チャーハンに、羽の生えた女性が餃子ぬるぬるローション餡かけを塗って抱きしめる。そうだ、明日は混浴風呂でサービスしてもらおう」


 かなり下ネタな食レポを述べて、全員から白い目で見られた。




 夕食後、ルディとナオミはカウンターで酒を飲み、店長と会話をしていた。そして、明日の朝にはデッドフォレスト領へ帰る事を告げた。


「なんだ? 明日、帰るのか。今回はずいぶんと早いんだな」

「今回は事前にソラリスを手配したです。段取りさえ整っていれば、後は会うだけです」


 ルディはアポイントの重要性を店長に説明するが、食堂の開店時間と閉店時間だけを気にしていれば良い彼は、ルディの話を適当に聞いていた。

 それから、ルディが宮廷料理について店長と話していると、彼の電子頭脳にハルから連絡が入ってきた。


『マスター。報告があります』

『どうした?』

『現在マスターが宿泊している宿の周囲に、軽武装した人間が集まり始めています』

『……ほう?』


 監視衛星の画像から敵襲の可能性を告げるハルに、ルディが心当たりを考える。

 ナオミとソラリスをナンパした貴族のドラ息子。

 イケルとトニアに乱暴しようとした商人と傭兵。

 バジュー公爵が雇った殺し屋。

 ……心当たりは色々あるけど、タイミングから考えて、バジュー公爵の可能性が濃厚だと判断した。


『分かった。数が確定したら教えてくれ』

『イエス、マスター』


 ルディはハルに命令して連絡を切った。

 敵の存在が分かっていれば、夜襲など怖くない。

 ただ、ルディは狡猾なバジュー公爵が、こんな単純な仕返しをしてくるとは思わなかった。

 こちら側には人類最強の魔女が居る。バジュー公爵も城でナオミと会っているから、当然知っている。

 なのに、何故襲おうとするのか? ルディはそれが分からず、ナオミに聞いてみる事にした。


「ししょー、ししょー」


 既に店の客の中に刺客が潜んでいるかもしれない。

 そう考えてルディは、小声でナオミに話し掛けた。


「どうした?」

「もし、バジュー公爵が襲撃するとしたら、目的はなんですか?」

「……来るのか?」


 今の話にナオミも察して、小声で確認する。


「宿の周りに人が集まってるです」

「寒い日に大変だな」


 ルディは自分の心配より襲撃者の心配をするナオミが、頼もしいと思った。


「たぶん命令したのは今日のアレバジュー公爵だと思うですが、目的は何でしょーねー?」

「……ふむ」


 ルディの質問に暫しナオミが考えて、口を開いた。


「貴族にとって一番大事なのは世間体だ」

「ふむふむ」

「地位があろうが金があろうが悪い噂が広まれば、あっという間に地に落ちる」

「封建社会も民主主義的な要素があるですね」

「民主主義……ああ、国民が代表を選ぶヤツだな。まあ、似てるけど、貴族の間だけの世間体だから民衆は関係ない」

「話が横にずれたです。続きどーぞ」

「うむ。おそらく今日のアレは、衛兵を買収しているのだろう」

「なるほど。理解したです」


 ナオミの説明に、ルディもバジュー公爵の目的が分かった。


「今日のアレは、レインズさんの世間体を叩こうとしているですね」

「正解だ。上手く私たちを殺せば儲けもの。失敗しても買収した衛兵が私たちを加害者に仕立て上げる。今の私たちはレインズの使いだから、当然彼の悪い噂が貴族の間で広まるだろう」

「悪知恵が働くですねぇ……」


 ルディがバジュー公爵の考え感心していると、今度はナオミがルディに質問してきた。


「それでどうするつもりだ?」

「んー。殺すのはマズいですね」

「まあ、そうだな」


 ルディにナオミも同意する。

 もし、殺してしまったら殺人罪を課せられる可能性がある。それは避ける必要があった。


「……そーですね。寒い日なのに外に出てるです。きっと風邪を引くと思うですよ」


 ルディがそう言うと、ナオミが微笑んだ。


「なるほど。病気なら仕方ない」

「そーです。病気なら仕方ないえす」


 2人が頷いて、顔を見合わせて笑った。


「店長さん、店長さん」

「ん? 酒の追加か?」


 他の客の相手をしていた店長が、ルディの方へ移動してきた。


「酒はもういらねーです。その代わり薪を下さいな」


 ルディの予想外の注文に、店長が顔をしかめた。


「薪?」

「人を殴るのに丁度良い長さの薪が欲しーです」


 それを聞いて、店長が露骨に嫌な表情を浮かべた。

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