第331話 高級料理とは

「私はだね。この間違った料理を改善したく、侍従長に話をしたんだ。なのに……」


 話の途中でクレメンテが言葉を詰まらせて、力強く拳を握った。


「伝統だから無理。その一言で却下されたんだ。私は悔しい!」

「……はぁ」


 悔しがるクレメンテとは逆に、ルディとナオミは顔を見合わせて「なんだコイツ?」と目で語っていた。


「だけど、私も間違っていた!」


 1人で勝手に悔しがっていたクレメンテが、ガバッと身を起こしてルディに向かって身を乗り出した。思わずルディが仰け反る。


「香辛料を減らせばある程度改善される。私はそう考えていた。だが、君は……えっと、君、名前はなんだったかな?」

「バッドニュースアレンです」


 関わりたくないルディが、思わず偽名を名乗る。


「バッドニュースアレン? いや、思い出したぞ。さっきはルディと名乗っていたな」

「しまった。ついうっかり本名を名乗ったです」

「おい、少しは隠せ!」

「てへ!」


 クレメンテのツッコミに、ルディが後頭部を叩いて誤魔化した。


「まあ、良い。私は心が寛大だから許そう」

「さすがです」


 そう言って、ルディがクレメンテのポヨンポヨンのお腹を見た。


「私の寛大な心も我慢の限界があるんだぞ?」


 ルディの視線に気付いたクレメンテが、ジロッと睨んだ。


「失礼したです」

「何をやってるんだか……」


 謝罪するルディの横で、漫才を見ていたナオミが呆れていた。




「それでさっきの話を聞いていたのだが、聞きたい事が沢山ある」

「だったら、情報料で金貰うですよ」


 何でもかんでも教えたら日が暮れる。

 そう考えたルディは、料金を取る事で、クレメンテの質問を制限した。


「……ふむ。なら質問を絞ろう」

「見た目と違ってケチですね」


 再びルディがクレメンテのお腹をジーッと見る。


「腹を見るな」

「つい連想しちゃうです」

「まあ良い。それで質問だ。まず、パンを作るときにビールを入れたら、柔らかくなるというのは本当かね?」


 クレメンテの質問に、ルディが頭を左右に振って否定する。


「柔らかくはならねーです。膨らみ方が大きくなるだけで、固いままです」

「パンは膨らむ物だろ?」


 そう言ってクレメンテが首を傾げる。

 彼の言う通り、パンの発酵膨張は小麦粉のグルテンが作用するため、イースト菌を入れなくても多少は膨らむ。


「ビールを入れて発酵させると、パンの生地が倍膨らむですよ」

「ほう? そんなに膨らむのか」

「小麦粉限定で、パンは固てーですけど」

「小麦粉限定と言う事は、ライ麦では無理だと?」

「……はぁ。サワードウもねーですか。確かに今まで見てねーですね」


 クレメンテの話に、イースト菌だけでなくライ麦パンを発酵させるのに必要なサワードウも無いことが分かった。

 そこでルディは頭の中で、先にイースト菌とサワードウを市民の間で広めて、改善しようと考えた。




「次の質問だ。君はここの調理人が、香辛料で味を誤魔化して味付けから逃げてると言ったな」

「ししょー。僕、そんな偉そうな事を言ったですか?」


 自分の言った事を忘れたルディが、ナオミに確認する。


「うん。言ってた」

「そーですか。アンチというのは、自覚しねーで偉そうな事を言っちゃうんですね」


 ルディが反省して項垂れた。


「いや、それよりもソースだ。ソース!」

「ソースが何ですか? 自分で作りやがれです」

「私も色々とソースを作らせているのだが、中々料理の味に合うソースが作れんのだよ」

「そんなの味のバランスが悪いだけですよ。食材の味を確かめてから作れです。特に酸味のバランスは良く考えろです」


 ルディの考えでは、高級料理というのは珍しい食材だけでなく、オリジナルのソースが重要だという概念があった。

 食材の味を知り、ソースの味を調整する。さらにアスパラ、オレンジ、ほうれん草などのオリジナリティをソースに付け加える。

 こうして料理人の工夫を凝らした料理であれば、ルディも豪華な料理だと認めた。


「……酸味?」


 ルディの話にクレメンテが唸って首を傾げる。


「特に重要なのは、ビネガーです。入れ過ぎるとスッパイですが、食慾をそそる調味料です。それに、甘みと辛味を調和させる役割があるから重要です。それなのに、今、僕食べた料理、ビネガーが全く使われてねーです。肉も魚も焼いてから、粉にした香辛料とハーブを掛けただけですよ。何ですかコレ? 高級料理がもったいねーです」

「…………」

「僕なら胡椒の量を減らして、ハーブでソースを作って皿に塗るです。そうする事で見た目を美しくしつつ、料理に付けるソースの量を調整できるです」

「ルディ、ルディ」


 ルディが話していると、ナオミが話し掛けてきた。


「……ん? ししょーなんですか?」

「相手が聞いてない」

「はい?」


 ナオミに言われてクレメンテを見れば、彼は身動き一つせず放心していた。


「プヨメンテさん、どうかしたですか?」


 ルディが話し掛けると、クレメンテの体が震えだした。

 プルプル震えるお腹と二重顎を見て、ルディが触りたくなる衝動に駆られる。


「べ、べ、べ……」

「……べ?」


 ルディとナオミが顔を見合わせていると、突然クレメンテが立ち上がっり大声で叫んだ。


「勉強になったーーーー!」


 大声にルディとナオミが驚き、サロンに居た食事中の貴族たちも、身を跳ねらせて驚き、クレメンテに注目していた。


「そうか、酸味か! なるほど、なるほど! 勉強になった。確かに、今まで作った料理には酸味がなかった。いや、ありがとう、ありがとう!」


 クレメンテがルディに近づき、彼の手を両手で握手するとブンブン振り回した。

 握手されたルディは顔を引き攣らせながら、コイツの手汗すげえと思った。


「パンとソース。パンとソース。あと酸味……」


 クレメンテはルディの手を放すと、うわごとを言いながらサロンを立ち去った。その後ろ姿を、ルディとナオミは茫然と見送る。


「ししょー。アレは何だったですか?」

「私が知るわけないだろう」


 2人は突然現れ去って行く変人に首を傾げていた。

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