第321話 流行は金になる

 アブリルが慌てて髪を洗いに外へ出る。

 すると、アブリルの出待ちをしていたファンの黄色い歓声が外から聞こえてきて、すぐにテントの中へ戻っていた。


「ファンがいっぱいで、お風呂に行けない‼」


 アブリルが悲鳴を上げていると、ソラリスが彼女の肩に手を置いて、鞄から陶器に入れたシャンプーを取り出した。


「アブリル。後でこれを使って髪を洗えば、大丈夫でございます」

「ソラリス先生!」


 アブリルが感激してソラリスを抱きしめるが、直ぐに体を剥がされた。


「シラミが移るので、お離しください」

「そんなぁ……」


 その様子が可笑しかったのか、テントの中の皆が笑っていた。




「それじゃ団長さん、後はよろしくです」

「任せなさい。必ず2人を無事にデッドフォレスト領へ送り届けます」


 ルディは2週間はアブリルに渡したシャンプーを使って、イケルとトニアの髪を洗えばシラミが落ちる事を説明してから、団長に頭を下げた。


「ルディおにいちゃん、行っちゃうの?」


 すると、それを聞いていたトニアが、不安そうな表情を浮かべて、ルディの服の袖を掴んだ。


「永遠の別れじゃねーです。デッドフォレスト領に着いたら、また会いにいくですよ」

「わかった。待ってる」


 ルディの返答にトニアは頷き、顔から不安が消えた。


「えっと……ルディ様、ナオミ様。本当にありがとうございました」


 イケルがルディとナオミに頭を下げてきた。


「丁度人材募集中だっただけです。お礼は50年以上働いて返しやがれです」


 イケルの年齢はまだ12歳。50年以上働くという事は、60歳を超えても働ける。

 ストリートチルドレンは、短期労働すら見つからず、働けなくなるまで定職に就けるのは極僅か。

 それを理解していたイケルは、恩人のルディの為に一生懸命働こうと誓った。




 ルディが団長と話している間。

 ソラリスに対して密かな恋心を抱いているカルロスは、こっそりとテントの端へ彼女を呼び、小声で話しかけた。


「その、ソラリスさん」

「なんでございましょう?」

「あの、一つ質問があるんだけど……彼氏とかいますか?」

「彼氏は不要でございます」


 彼氏が居るかの質問に不要と言われて、カルロスは顔面を殴られた気持ちになった。

 そもそも、AIは感情がないのに、恋愛など出来るはずがない。

 管理者の命令で恋をしろと言われても、それは疑似感情アプリケーションによる疑似恋愛。

 宇宙では、AIと付き合う人間も居たが、ルディはそのような疑似恋愛はアンドロイドでもゲームでもやらないため、そのような命令を下していない。

 それ以前に、ソラリスには疑似感情アプリケーションをインストールしていないので、恋愛など論外だ。


「それは彼氏が居ないという意味かな?」

「その通りでございますが、それ以前に必要がないだけでございます」

「ずっと一生を1人で生きるって事?」

「カルロス様の1人の解釈は分かりませんが、おそらく私の考えとは異なるのでしょう。ご用件が以上でしたら、失礼します」


 カルロスが動揺している間に、ソラリスがルディの元へ戻る。

 1人残されたカルロスは諦めきれず、ソラリスの後ろ姿を見送った。




 イケルとトニアと別れたルディたちがテントから出ると、出待ちのファンから黄色い悲鳴が上がった。それに驚いたルディとナオミが顔を見合わせる。

 本人たちは自覚していないが、ソラリスを含めて、3人の容姿は他者と比べて美しい。

 さらに、ナオミはこの星では珍しく、やや露出度の高い服を着ているので、舞台女優に見えなくもない。

 出待ちのファンは、3人を新人の団員だと勘違いして、名前を聞こうと群がった。


「この人たちは違う! 離れなさい‼」


 楽屋のテントを警備していた男性が慌てて声を掛け、近づこうとしたファンを押さえる。

 その隙にルディたちは、逃げる様に酒場から離れた。


「凄かったな……」


 逃げた後、ナオミが先ほどの状況を振り返って呟いた。


「これが流行というやつです。人が集まれば金になるですよ」

「なるほどね……確かにあれだけの人が毎日観に来れば儲かるな」

「これもハルビニアが戦争をしないで、経済が潤っているからです。これ、宇宙に居た時の僕の経験則から得た考えですけど、戦争反対派の貴族は別に平和主義じゃねーです。アイツ等は平和だと金儲けができるから、戦争に反対しているだけです」


 ルディの話に、思わずナオミが苦笑いを浮かべた。


「その考えは少し人間に対して悲観的な気がするな」

「生物学的に考えると、その答えに辿り着くです」


 国力を高めるのに財力は必要。

 何故なら、金は経済を動かす潤滑油。金さえあれば兵士を雇い、彼らの食料も確保できる。それは、民主主義でも封建主義でも同じだった。

 大陸の南では、多くの金山を所持しているローランド国の金貨が、基軸通貨国になっている。

 つまり、ローランド国が強い最大の理由は、銃という武器ではなく財力。


 ルディは、ハルビニア国が他国の通貨を使用しているのを知って、ローランド国が算出する金貨を封じたかった。

 だが、今それをやってしまうと、間違いなく世界中の経済が崩壊する。

 だから、今は諦めるけど、手がないわけじゃない。


 ルディはポケットに入れたままだった金貨を取り出すと、指先で弾いて、経済的戦略を思い浮かべていた。


「あっ。その金貨、もういらなくなっただろ。返せ」

「ししょー。せっかく面白い事考えていたのに、台無しです」


 ルディはため息を吐くと、ナオミに金貨を返した。

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