第320話 レス・マルヤー楽団へのお願い

 アブリルの公演が終わった後。

 ルディたちが楽屋へ向かうと、楽屋のテントの前ではサインを求めて、多くのファンが集まっていた。


「これじゃ入れないな」

「困ったです」


 人の多さにナオミが肩を竦めて、ルディが顔をしかめる。


 どうやって楽屋に入ろうか悩んでいると、楽屋の見張り番の男性がルディを見つけて手招きした。

 どうやら呼んでいる様子なので近づくと、男性がにっこりと笑ってルディに話し掛けて来た。


「待っていたよ」

「もしかして、アブリルさんが呼んでるですか?」


 察したルディの質問に団員が頷いた。


「アブリルが楽屋に戻るなり、先生が来たって大騒ぎして大変なんだ。早く会ってやってくれ」

「こっちも用事があったから、丁度良かったです」


 ルディは男性にお礼を言うと、テントの暖簾をくぐった。




「失礼するでやんす」

「ルディ先生、久しぶり!」


 ルディが楽屋に入ると同時にアブリルが飛び掛かって、ルディを思いっきり抱きしめた。

 アブリルの胸がルディの顔を埋めて、息苦しくなる。


「むぎゅ。相変わらずデケー乳ですね。窒息するから離しやがれです」


 ルディがアブリルの体を引っぺがすと、彼女は不満そうに顔をしかめた。


「失礼します」

「ソラリス先生!」


 だが、ソラリスが楽屋の中に入ると、アブリルははち切れんばかりの笑顔になって、今度は彼女に抱きついた。


「お久しぶりです。私の踊りどうでした?」

「指摘した箇所も修正されて上達しています。もう私が教えるところはございません」


 アブリルが肩を掴んだまま体を離して質問すると、ソラリスが表情を変えずに答えた。

 すると、それが嬉しかったのか、もう一度ソラリスをぎゅっと抱きしめた。


「姉さんがすみません」


 控えていたカルロスが、ルディに向かって謝罪する。


「カルロスも久しぶりです。演奏を聞いたですけど、ギター上達してたです」

「ありがとうございます」


 ルディから褒められて、カルロスが嬉しそうに笑った。


「おにいちゃん。ルディ様、本当に知り合いだったんだね」

「……うん。びっくり」


 近くで再会の様子を見ていたイケルとトニアは、今、王都で一番の有名人と親し気に話す、ルディとソラリスに驚いていた。




 アブリルが落ち着いて、ルディが団長にここへ来た目的を話す事にした。


「団長さんも久しぶりです」

「ルディ様、いらっしゃい。貴方ならいつでも大歓迎です」


 団長からしてみれば、ルディは幸運を招いた神様の様な存在。彼はルディに向かって丁寧に頭を下げた。


「今日はお願いがあって来たです」


 ルディはそう切り出すと、イケルとトニアを呼び寄せた。


「この子たちは?」

「縁があって手に入れた捨て子です。こいつ等をデッドフォレスト領まで連れて行って欲しいのです」


 その頼みが予想外だったのか、団長は緊張して立っているイケルとトニアを見て首を傾げた。


「まあ、ルディ様のお願いなら構いませんが、私たちがデッドフォレスト領へ行くのは、雪解けの春になりますよ?」


 寒い季節は移動するよりも、都市に留まって稼いだ方が団員たちも疲労しない。それはレス・マルヤー楽団も同じで、彼らは春まで王都に居る予定だった。


「それで構わねーです。こいつ等の飯代は前払いするです。それと、預かっている間は雑用に使いやがれです」

「まあ、今は猫の手も借りるぐらい忙しいから、ありがたいが……」


 団長はイケルの無い右腕を見て、彼に何が出来るのかを考えていると、それに気づいたイケルが顔を歪ませて、団長に向かって頭を下げた。


「何でもします。だから、トニアだけでも連れて行ってください!」


 それを聞いた途端、トニアがイケルに抱き付いて泣きだした。


「やだ! おにいちゃんと一緒じゃなきゃ、嫌だ! うわあぁぁぁぁん‼」




「おろろん。嗚呼、美しい兄妹愛です。トニア、大丈夫ですよ。団長さんは優しいから、きっと2人を離れ離れにしねーです」


 ルディが泣きまねをして、チラッ、チラッと団長の顔を見る。


「いや、断ってないから。まだ、何も言ってないから、ね‼」


 いきなり悪者にされて団長が慌てていると、話を聞いていたアブリルがトニアの側でしゃがんで頭を撫でた。


「トニアちゃんって言うのね」

「グスッ……」


 愚図るトニアが頷くと、アブリルが微笑んだ。


「大丈夫よ。団長が駄目だと言っても、私が面倒を見るわ」

「……本当?」

「本当よ。私はルディ先生とソラリス先生のおかげで、人生が変わった。だから、今度は私がトニアちゃんを明るい人生に変えて見せるわ」


 そう言ってアブリルがトニアをギュッと抱きしめた。


「……ありがとう」


 抱きしめられたトニアがお礼を言う。

 微笑ましい光景に、楽屋に居る全員の視線が団長に向いた。


「いや、だから。駄目なんて一言も言ってないし、最初から連れて行くつもりだったから!」


 団長が慌てて皆に告げると、それを聞いた全員が拍手で2人を歓迎した。


「おめでとう」

「ようこそ、レス・マルヤー楽団へ」

「片手だと楽器が使えないから、歌でも覚えるか?」


 彼らに向かってイケルが頭を下げる。


「しばらくの間、よろしくお願いします」


 イケルが頭を下げると、トニアもアブリルから体を離して、彼と一緒に頭を下げた。




 無事にイケルとトニアを預かる事が決まったところで、ソラリスがアブリルに話し掛けてきた。


「アブリル」

「ソラリス先生なんですか?」

「先ほどトニア様を抱きしめましたが、彼女の髪の毛にはシラミがございます。早急に風呂へ行って髪を洗う事を推奨します」

「…………ヒィ!」


 アブリルは一瞬なんの事だか分からなかったが、理解すると両頬に手を抑えて悲鳴を上げた。

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