第314話 片腕の少年
クリス国王の戴冠式が終わって3週間後。
王都では社交シーズン真っ盛りだったが、レインズ夫妻はバシュー公爵からの追求を逃れるために、早々と切り上げてデッドフォレスト領へ帰った。
そして、入れ替わりに、ルディとナオミがクリス国王との面会を果たしに王都へ到着した。
「前に来た時よりも、人がいっぱいです」
王都の街門を通り抜けたルディは、活気溢れる王都の様子に呟いた。
「前の国王が生きている内に交代したからな。もう暫くの間は騒がしいんじゃないか?」
「なるほどです」
今回の王位継承は、前国王が生きている内に行われた。
それ故、今回は弔事がない分だけ、王都ではお祭り騒ぎが続いていた。
人込みの中をルディとナオミは大通りを歩き、前に来た時に泊まった白鷺亭に向かっていた。
「人が居るからスリには気を付けろよ」
「今日は金持ってねーから大丈夫です……そー言えば前に来た時は、この辺りでスリにあったですね」
前回王都に来た時、ルディは少年のスリに遭って財布を盗まれそうになったが、直ぐに取り返してスリをポイ捨てした。
その事を思い出したルディは、また同じスリが居るか探してみた。
すると、大通りの端で物乞いの少年を見つけた。
ルディの記憶が確かなら、少年の顔はルディの財布を盗もうとしたスリの少年だった。
だが、今地べたに座っている少年を見れば右腕がなく、俯き気味の顔から生気が抜けていた。
「…………」
「ルディ、どうした?」
足を止めたルディにナオミが話し掛ける。
「面倒くせえ心の葛藤に悩んでいるです」
「……?」
おそらくあの少年は、ルディと会った後もスリを続けていたのだろう。
そして、掴まって罰として片腕を切られた。
その事は自業自得だから同情しない。だが、少年の生きる希望を失った顔を見て、チャンスぐらい与えてやろうと決めた。
「ししょー。金持ってるですか?」
「少しなら持っているぞ。何か欲しい物でもあるのか?」
「別にねーです。次の質問です。歩いてデッドフォレスト領に着くには、いくら掛かるですか?」
「歩いてか? そうだな……冬だから、ローランド金貨2枚ぐらい必要かもな」
「じゃー金貨2枚貸してくれです」
「……?」
ルディが何をしたいのか分からないナオミが首を傾げる。だけど、まあ良いかと、ルディに金貨を2枚渡した。
ナオミから金貨を受け取ったルディは、物乞いの少年の前に立った。
人影に気付いた少年が顔を上げる。少年はルディの顔を見ても、誰だか分からず、施しを期待して頭を下げた。
「妹が病気で苦しんでいます。どうか、ご慈悲を……」
「……妹が居る。本当ですか? 嘘吐いていたら、お金恵まねえですよ」
ルディが少年に金貨を見せると、少年は身を乗り出してルディに縋った。
「……⁉ ほ、本当です! 妹が病気で苦しんでいます‼ 教会で治療を受けたいけど、お金がなくて治療を受けられません。どうか、どうか、お恵みを!」
「……だったら、その妹の所に連れて行けです」
「…………」
ルディの命令に少年が悩んだ。
スラム街の子供を誘拐して、奴隷にする悪人は大勢居る。コイツ等も同じ人間で、家に連れて行ったら金貨は貰えず、妹を誘拐するのでは?
しかし、今のままでも病気で妹が死ぬ。それならば、一か八か賭けてみようと考えた。
「分かりました。案内します」
「悪いようにはしねーです」
少年が立ち上がって歩く後ろをルディが追う。
ナオミは何をやってるんだと思いながら、2人の後を付いて行った。
ルディは少年の家に向かう間に、彼から話を聞いた。
少年の名前はイケル。年齢は7歳。薄汚れているが肌は白く、金髪の少年だった。
彼と妹は両親と一緒にスラム街で暮らしていたが、1年前に親が蒸発して家を追い出された。
「ここです」
イケルが案内した場所は、スラム街にあるドブ川に掛かる橋の下だった。
橋の下には、屋根がなくボロ板が立掛けられているだけの小屋があった。
「家ですらねーです」
ボロ小屋にルディが驚く一方、ナオミは見慣れているのか平然としていた。
「スラムで暮らす子供の生活なんて、こんなもんだろ」
「どこでも人の価値が低いですねぇ」
イケルの案内でルディとナオミがボロ小屋の中に入ると、汚い藁を敷いただけのベッドの上に、汚れた服を着ている幼い少女が眠っていた。
少女はやせ細り、ずっと洗っていないのか、金色の髪は汚れてボサボサで、体も所々汚れていた。
「昔の一郎より臭せぇです。もう病気以前の問題ですよ。それで、妹の症状はどんな感じですか?」
家の中の臭さと少女の身なりにルディは顔をしかめると、イケルに質問した。
「何も食べてないのに下痢が酷いんだ。熱もあるし、咳も出てる」
「これ診断する必要ねーです。教会へ連れて行って治しても、またすぐに病気になるですよ」
「……え?」
ルディの話にイケルが驚く。
「環境が悪すぎです。これ、ただの栄養失調と食中毒のコンボです。下痢は赤痢が原因です。咳が出るのは、もしかしたら結核かもですね。ししょー。これって教会で治るんですか?」
ルディが振り向いてナオミに質問すると、彼女は顔をしかめて頷いた。
「一応治せる。回復魔法では無理だが、教会にはポーションがある。それで軽い病気なら治せるが、ポーション代は馬鹿高いぞ」
「マナぶっこんでるだけなのに、ポーション便利ですねぇ」
「それでどうするんだ?」
「実はこんな事もあろうかと、家からポーションを持って来たです」
ルディはそう言うと、鞄からナオミ特製のポーションを取り出した。
なお、「こんな事もあろうかと」と言ったが、今の展開は全く予想していない。
「これは何ですか?」
イケルの質問に、ルディがジャーンとポーションを持つ腕を掲げる。
「ししょーの作ったポーションです。これ1本に奪い合いが起こって、500人が死んじゃうぐらいの特製です」
ルディの話にイケルは大げさだと思ったが、ルディは何一つ間違った事を言ってない。
ナオミの作るポーションは、全属性の高度なマナが含まれており、重病でない限り、あらゆる怪我と病気を治療する。
そして、この薬を巡って、デッドフォレスト領の前領主の息子が奪いに来たが、その時に来た500人の兵士はナオミの魔法で全滅した。
「飲ませなきゃ死ぬです。毒じゃねーから、お前が飲ませろです」
汚い物に触りたくないのと、赤痢と結核を移されたくないルディは、ポーションをイケルに渡した。
ポーションを受け取った片腕のイケルは戸惑いながらも、口を使ってポーションの蓋をこじ開ける。そして、眠っている妹の上半身を起こして、彼女の口にポーションを流し込んだ。
ポーションを無理やり飲まされたイケルの妹は咳き込んだが、やがて全身が淡く光りだした。
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