第313話 バジュー公爵との会話
レインズは近衛騎士だった頃、バジュー公爵とは何度か顔を合わせていた。
とはいえ、当時のレインズは地方貴族の次男坊。財務大臣のバジュー公爵とは身分が違う。
レインズはクリス王太子の護衛として彼と会っていたが、バジュー公爵とは一度も会話をした事がなかった。
バジュー公爵から話し掛けられたレインズは、内心で驚きつつ、彼から何を言われるのか不安だった。
バジュー公爵家と言えば、貧しいハルビニア国の北と比べて、豊かな南東一帯の貴族を支配しており、海運業で財力を得ている。
地位も国王、宰相に続いて3番目に高く。彼の機嫌を損ねた人間は貴族であろうと、ハルビニア国で生きていけないと恐れられていた。
そして、宰相は基本的に中立なため、戦争賛成派のクリス国王と戦争反対派のバジュー公爵は、敵対している間柄だった。
「よいよい。頭をあげなさい」
「はい!」
バジュー公爵から許されて、レインズとルネが頭を上げる。
バジュー公爵の年齢は64歳。小柄な体で好好爺な笑顔だが、身にまとう雰囲気は大きくレインズ夫妻を恐れさせた。
「まずは子爵の就位おめでとう」
「ありがとうございます」
「陛下も君の事を自慢しておったぞ」
そう言って笑うバジュー公爵だが、これは半分皮肉を言っている。
クリスの側近だったレインズが、デッドフォレスト領の問題を解決した事で、会議でクリスの発言力が強くなった。その分だけバジュー公爵の発言力が低くなる。
それを面と向かって言わず、皮肉をもってレインズを誉めた。
「……申し訳ございません。立場上、命令には逆らえませんでした」
レインズもそれを理解しており、本心を隠してバジュー公爵を考慮した返答を返した。
「はっはっはっ。確かにその通りだな。まあよい。そうそう、陛下から聞いたが、なかなか面白い政策をしているみたいだな。これも褒めていたぞ」
「領地を頂いたからには、領民の為に尽くしているだけでございます」
「ふむ。その心意気は素晴らしい。だが、平民を甘やかし過ぎぬように、気を付けるんだな」
「匙加減は心得ています」
「なら良い」
とりあえず今のところの受け答えには問題ない。レインズがそう思っていると、バジュー公爵が本題を口にした。
「ところで。陛下からの命令で、デッドフォレスト領へ軍馬を200頭ほど送っているが、何のためなのか教えてもらえるか?」
その質問にレインズの心拍数が上がった。
バジュー公爵は戦争反対派の筆頭。ローランド国に侵略するためとは言えない。
もし、彼がその事を知ったら、ハルビニア国の戦争反対派が反対の声を上げ、その情報はローランド国にも漏れる。そうなれば、ルディの考えた作戦は確実に失敗する。
だが、レインズの立場上、バジュー公爵の質問には答えなければならない。
「レインズ、探したぞ!」
レインズが返答に困っていると、彼の助け船を出す人物が現れた。
それは、国王になったばかりのクリスだった。
側近を連れて現れたクリスに、この場の3人が深々と頭を下げる。
「頭を上げよ。俺とお前の仲じゃないか。そう堅苦しくするな」
「多くの人が見ております。国王というお立場をお考え下さい」
レインズが窘めると国王は肩を竦めて、バジュー公爵はレインズの意見を支持して頷いた。
「相変わらず堅苦しいヤツだ。ガーバレスト夫人も久しぶりだな。前に見た時よりもよりも、若くて美しい気がするが? ……ふむ。ルイジアナもだけど、デッドフォレスト領では、その様な化粧が流行っているのか?」
「ありがとうございます。化粧については、私はたまたま領地に来た遠方者に教わっただけで、詳しくは分かりません。申し訳ございません」
頭を下げるルネにクリスが笑い返した。
「良い良い。私の妻が遠くから其方を見て気になっていた。もし、その遠方者が来たら、私が呼んでいたと伝えてくれ」
「はい。わかりました」
クリスはルネとの会話を済ませると、バジュー公爵の方を向いた。
「それにしても珍しい組み合わせだな。バジュー卿、ガーバレスト卿とは知り合いだったか?」
「いえ、なかなか話す機会がなかったので彼と懇意になろうと、ガーバレスト卿の子爵就位をお祝いしていたところです」
「うむ、そうか。バジュー卿が支持してくれるなら、レインズも安心だな」
クリスはバジュー卿が支持しなくても、レインズを守るつもりだった。だから、本音はお前はレインズに近づくなと言いたかった。
だが、パーティーにはローランド国からの使者も参加している。彼らに仲違いを見せるのは、ハルビニアの弱点を教える様なもの。それ故、表面上は仲の良い関係を見せなければならなかった。
場の雰囲気は楽しく装っているが、国王とバジュー公爵の間では、見えない火花がバチバチ散っていた。
「では、私はこれで失礼します」
バジュー公爵がクリスに向かって頭を下げる。
本当はレインズに軍馬について聞きたかったが、軍馬を送ったのはクリスの指示。
会議の場であれば問題ないが、他国の使者も参加しているパーティー中に仕事の話はご法度。
彼は若干悔しい思いをしながら、場を引き下がった。
「危なかったな」
「助かりました」
バジュー公爵が去った後、クリスが小声でレインズに話し掛けてきた。
「それで何を言われた?」
「軍馬について」
レインズの返答にクリスが他人に見られる様、僅かに顔をしかめた。
「その筋で来たか。すまなかったな。私の立場でも会計を通さずに送るのは無理だ。次に尋ねられたら、私からの報酬だとでも言っておけ。私も周りにそう言っておく」
「分かりました」
クリスの配慮にレインズが軽く頭を下げた。
「もう少し時間はあるか?」
「はい」
本当は帰りたかったが、国王からの命令なら嫌でも従うしかない。
「新人貴族にコネを作ってやる。私の派閥を紹介してやるから、付いて来い」
下位貴族から上位貴族に話し掛けるのは禁止されている。それ故、貴族になったばかりで辺境のレインズは、上位貴族とのコネがなかった。
だが、国王自らの紹介であれば問題ない。
レインズとルネは疲れた体にムチを打ち、クリスの紹介で彼の派閥とのコネ作りに勤しんだ。
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