第315話 恩で縛る

「さすがししょーのポーションですね。演出が見事です」

「別に演出なんて考えて作ってないから」


 拍手をするルディにナオミがツッコむ。突然始まった漫才に、イケルが困惑していた。


 イケルの妹の体から光が消えて暫くすると、彼女の瞼がゆっくりと開いた。


「……おにいちゃん?」

「トニア! 病気は? 何処か痛くないか?」


 イケルの妹トニアは兄の質問に、自分の体の不調が全て消えた事に気付いた。


「えっ……あれ? 痛くない? おにいちゃん、どこも痛くないよ!」

「良かった‼」


 イケルが片手でトニアの体を抱きしめて嗚咽を漏らす。

 トニアも兄に抱きしめられて、涙を流していた。




「ししょーのポーション。栄養失調にも効果あるですか?」


 ルディの質問にナオミが首を傾げる。


「いや、無いと思う。だって、あれ傷薬だし」

「まだそれを言い張るですか?」


 ルディの言い返しにナオミが困っていると、涙目のイケルが振り向いて頭を下げた。


「本当にありがとうございます」

「別に慈善じゃねーです。これで僕、お前たち兄弟を買ったです」

「……それは分かってる、いや、分かっています。ご主人様の名前を聞いても良いですか?」

「そー言えば言ってなかったですね。僕はルディ。あっちは僕のししょーでナオミです」

「ん、ナオミだ。で、ルディ。一体こいつ等に何をさせるつもりだ?」

「ムフロン飼いです」


 ルディの返答にナオミが納得した。


「なるほど。そっちに人手を回してなかったな」

「まだムフロンは秘匿してーです。だから、どん底まで落ちた人間を助けて、恩で縛ったです」

「言い方!」


 ナオミがツッコミを入れる。

 妹のトニアは首を傾げていたが、兄のイケルはルディの話を理解して、顔を引き攣らせた。




 イケルが病み上がりのトニアを背負って、ルディたちは白鷺亭へ向かっていた。

 移動中にルディは白鷺亭で待機しているソラリスに、電子頭脳で連絡を入れて湯あみの用意をさせる。

 そして、イケルの兄妹に、王都を離れてデッドフォレスト領へ向かい、動物の世話をさせる予定を伝えた。


 ルディから話を聞いた兄妹は、デッドフォレスト領の場所を知らず、場所を質問してきた。


「……ふむ。もしかしてですが、お前たち文字とか書けるですか?」

「……俺は名前しか書けません」


 ルディの質問にトニアが頭を左右に振って、イケルが正直に答える。


「まあ、今まで教える人間居なかったですから、仕方がねーですね。ヒエンに教育させるです。あ、ヒエンというのは、お前たちに動物の世話の仕方教える女性です」

「……はあ」

「それと、デッドフォレスト領へ行く方法ですが、コネを思い出したです。そいつ等に連れてってもらう予定だから、安心しやがれです」

「分かりました」


 本当はよく分かってない。


「ところで、僕の事覚えているですか?」


 突然の質問にイケルが首を傾げた。


「……どこかで会った事があるのか? いや、あるんですか?」

「去年の秋にお前が金をスろうとして、失敗した相手ですよ」

「……あ⁉」


 ルディの話に思い出したのか、イケルの顔が引き攣った。


「その……すみません」

「……おにいちゃん」


 イケルがルディに頭を下げて、背中越しにトニアが兄を心配する。


「罰は受けたらしいから、別に怒ってねーです。僕がお前を選んだ理由を知りたそうだったから教えてやったです」


 ルディはそう言うと、イケルの無くなった右腕を見た。


「……はい。あの後もスリをしていたら、縄張りを荒らした理由で同業者に切られました」

「殺されないだけましだったな」


 イケルの話にナオミが肩を竦めると、彼もその通りだと頷いた。

 だが、突然親が居なくなって、生きるためには仕方がなかった。イケルは片手を失っても、後悔だけはしていなかった。




 白鷺亭に到着してルディたちが中に入ると、以前はホワイトヘッド傭兵団が占領していた店の食堂は、彼らの替わりに多くの商人で賑わっていた。


「いらっしゃい……ああ、君たちか。話は聞いている。ようこそ白鷺亭へ」


 久しぶりに再会した店の店主は、既に宿泊しているソラリスから話を聞いており、店に来たルディを歓迎した。


「店長、久しぶりです。数日ですがお世話になるです」

「もちろん歓迎する。それと、後で俺の料理を食べて欲しいんだが、良いか?」

「おや? 何か美味い料理を作ったですか?」

「俺なりにな。一応、客には好評で……ホラ」


 そう言って店長が食堂の客に視線を向ける。


「大勢客が泊っているだろ。皆、俺の料理が目当てらしい」

「それは楽しみです」


 ルディが店長と話していると、2階からソラリスが降りてきた。


「ルディ、お待ちしておりました。では、イケル様とトニア様をお借りします」

「ヨロシコです」


 ソラリスに名前を呼ばれたイケル兄妹が動揺する。

 何で初対面なのに名前を知っているのか、これから何をされるのか、  全く分からない。

 そんな2人を落ち着かせようと、ソラリスはイケルの頭を優しく撫でて、彼が背負っていたトニアを片腕で抱きかかえた。

 なお、ソラリスが微笑んだのは、筐体「なんでもお任せ春子さん」の子供限定の仕様によるもので、彼女の感情ではない。


「イケル様、部屋にお湯を用意しています。体を清めますのでついてきて下さい」

「……はい」


 既に妹のトニアはソラリスの腕の中。命令に従うしかないイケルは、2階に上がるソラリスの後を素直に付いて行った。


「なあ、あのガキは何だ?」


 様子を見ていた店主の質問に、ルディが考えてから口を開く。


「地獄で釣りあげた稚魚です」

「言い方!」


 ルディの冗談にナオミがツッコミを入れた。

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