第310話 年末はのんびりと

 年末になって、ナオミの家がある魔の森にも雪が降り始め。ナオミの家から見える広場の大地も、雪が積もって白く変わっていた。


 ルディは窓から見える冬の光景を見ながら、こたつに入ってぬくぬくしていた。


「寒そうです」

「ぐぎゃが(全くだぜ)」


 ルディの呟きに、彼の対面に座っているゴブリン一郎が頷いた。

 今のルディは、こんな寒い日は外に出ないと決めて、パジャマの上にどてらを羽織っていた。

 そして、ゴブリン一郎も何時もの格好ではなく、ジャージの上からルディと同じ柄のどてらを羽織っていた。


「一郎は友達の所に行かなくていいんですか?」


 そう言ってルディが熱い茶をすする。


「ぐぎゃぎゃぎゃ(こっちの方が暖けーし)」


 ゴブリン一郎はルディの質問を手話で返すと、ルディと同じく熱い茶をすすった。

 ゴブリン一郎は、冬が来る前に仲間の食料と薪を全員分確保した。

 そして、自分は仲間と一緒に冬を越さず、ナオミの家に帰った。所謂、里帰りである。


「仲間が寒さに耐えている時に、自分だけぬくぬくと暖かい所で冬を越すですか……その卑怯でぬるい行動、僕、好きですよ」


 ルディはゴブリン一郎の考えに叱るどころか、その意見に賛同した。


「はぁ……今日みたいなのんびりした日も、冬の間までですか。戦争は面倒くさいです」

「ぐぎゃぐぎゃぎゃ(人間も大変だなぁ)」


 ルディのため息に、ゴブリン一郎は海苔せんべいをバリバリ食べながら憐れんだ。


「でも僕、不思議に思うのです。面倒な事いっぱいあるですが、一人で居た頃と比べて、生きているという気持ちがあるのです。一郎には分からねえですかねぇ……」


 宇宙で運送業をしていたルディは、いつも孤独だった。その頃と比べて、惑星では色んな出来事が起こる。

 ルディは自ら足を踏み入れて苦労しているが、同時にそれが楽しく思えた。


「ぎゃ、がぎゃ。がぎゃぎゃぎゃ、ぐがぎゃが(いや、分かるぞ。アイツ等の面倒は大変だけど、一緒に居ると楽しい)」

「ふむふむ……一郎も僕と一緒ですか。異世界転生の主人公も、転生前の無気力な人生が嫌だったから、転生後はマゾプレイをしているのかもですね」


 ルディが前に見たアニメの設定を思い出して呟くと、ゴブリン一郎が首を傾げた。


「……ぐがぎゃぎゃぎゃ(お前、何言ってんだ?)」

「戯言です」


 ルディが笑って茶をすすっていると、ナオミとルイジアナがリビングに入ってきた。




 リビングに入ってきた2人は風呂上りで、頭にタオルを巻いていた。


「薬湯はどーでしたか?」

「うむ。いつもより暖かかった」

「肌もスベスベになった感じです」


 ルディの質問に、2人はこたつに入りながら微笑んだ。

 ルディは寒い日には薬湯に入って体を温めるのが良いと考え、湯船に保温と美肌効果のある薬を入れてみた。

 その効果は抜群で、風呂に入ったナオミたちの体はホカホカ、肌もスベスベに、腰痛や肩こりも取れた。


「薬湯は薬にどっぷり浸かる感じです。温泉が近くにあれば良かったですけど、無いのは仕方ねーです」

「ぐぎゃがぎゃぎゃぎゃ(効果が同じなら、家の風呂でよくね?)」

「んーまあ、そーなんですけど。外で暖かい風呂に入ると、不思議とストレスが消えるです」

「牢屋に入れられた住人が釈放された感じかな?」

「ししょーの例えは酷でえですけど、それで間違ってねーです」


 皆が会話に笑っていると、ソラリスがナオミたちの前にお茶を置いた。


「ルディ。今日の晩御飯は何にしますか?」

「寒い日にはやっぱり鍋です。鱈はまだあるですか?」

「ございます」

「だったら海鮮よせ鍋が食べたいですね」

「ぐぎゃぎゃぎゃ!(俺も食いてぇ!)」

「私もそれがいい」

「辛くなかったら、何でも食べます」


 全員がルディの意見に賛成する。


「分かりました。準備します」


 ソラリスは頭を下げると、キッチンへ戻った。


「じゃあ、一郎。僕たちも風呂に入るです」

「ぐぎゃ。ぎゃ!(んだ。入ろう!)」

「いってらっしゃい」


 ルディとゴブリン一郎がこたつから出て風呂へと向かう。

 2人の背中にルイジアナが手を振った。




「ワン! ワン! ワン!」


 ルディたちがこたつでぬくんでいる頃、畜産場で飼われている4匹のコーギーが、初めて見る雪に興奮してはしゃぎ回っていた。

 その様子をなんでもお任せ春子さんの1人、ヒエンが見守る。


 彼女にインストールされている疑似感情は冷静タイプなので、ソラリスと同じぐらい感情表現が少ない。だが、感情をどぶに捨てているソラリスと違って、彼女は感情を表面に出ないだけ。

 ヒエンははしゃいでいる4匹のコーギーの様子に、薄く笑みを浮かべていた。


「ハッ ハッ ハッ!」


 ヒエンがコーギーに近づくと、犬たちは彼女に近寄って、撫でてと舌を出してきた。

 コーギーたちは面倒を見てくれるヒエンがとっても大好き。

 頭を撫でられて興奮状態になると、彼女の足に齧り付いた。


「やめなさい」


 しつけは大事。ヒエンは噛んだコーギーの頭をぴしゃっと叩く。

 それで落ち着いたコーギーは大人しく……ならず、激しくお尻をフリフリして「大好き、大好き」とアピールしていた。


 コーギーを引き連れたヒエンが、ムフロンの飼育場へ向かう。

 ムフロンたちは寒い中でも平然としており、雪をかき分けて中から草を出すと、それをむしゃむしゃ食べていた。


 以前、ヒエンはムフロンの群れに飼い葉を与えたが、彼らはそれに目を向かず、自然に生えている草しか食べなかった。

 その理由をヒエンは思考する。

 そして、導き出した答えは、草の中にあるマナの存在だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る