第311話 ムフロンの能力
この惑星の原生種、および順応した生物は体内にマナを保留して、何かしらの能力を発揮する。
ヒエンの足元でじゃれついているコーギーは、マナをスタミナに変換させて、無限に近い体力を得ている。
ゴブリンはマナをパワーに変換させて、一時的に狂戦士として戦う。
そして、マナを一番使いこなしているのは、人類だった。
人類はマナを様々な形へ変換させて、魔法という形で放出する事ができた。
では、ムフロンの能力は? そのヒントは既にあった。
一度、デッドフォレスト領の人間がムフロンを飼育しようと試みた。だが、ムフロンは毛を刈っても、夏の暑さに耐え切れずに死んでしまった。
おそらく、ムフロンは体温管理が苦手なのだろう。そして、ムフロンの体毛は冬の寒さに強いが、夏になると逆に放熱を遮る。そのため体内に熱が籠って他の動物よりも夏に弱い。
これは標高の高い所で生息する動物に、よくみられる特徴だった。
しかし、デッドフォレスト領は北のコールドマウンテンから涼しい風が吹く。
そのため、デッドフォレスト領の草原地帯は、夏でも最高気温が30度を超えない涼しい地域だった。
それでもムフロンは暑さに耐えられないのか?
ヒエンはムフロンの生態から推測して、彼らが保有しているマナは、耐寒に特化していると考えた。
今までヒエンは、ムフロンに触れない様に飼育していた。
その理由は、環境に馴染ませる事を最優先とし、ストレスを与えない為。しかし、今は調査のために触れる必要があった。
彼女はドローンを呼んでコーギーと遊ばせると、柵を飛び越えてムフロンに近づく。
彼女に気付いたムフロンの群れが逃げようとするが、相手は人間の何倍の力のあるアンドロイド。
ヒエンは走ったと思ったら、一瞬で最後尾のムフロンに追いついて、後ろ足を掴んで引き寄せた。
そして、暴れようとするムフロンの後肢の付け根をを掴む。すると、暴れていたムフロンが一瞬で大人しくなった。
さらに、顎を持ち上げるようにして立たせる。それで、ムフロンは動けなくなった。
これは羊の毛刈りなどで、羊を大人しくさせる方法と同じやり方だった。
ヒエンが大人しくなったムフロンの毛を撫でると、毛は細くて軽く、手触りが良かった。表面温度も外気と変わらない。
「ここまでは普通……」
ヒエンが手を体毛の中に入れる。すると、人間なら汗を掻くほど暖かかった。
「……この温度は体毛だけの温度ではないな」
ムフロンは体内に保有しているマナを体毛へ流している。そして、体毛で寒気を防ぐのと同時にマナが体毛に熱を与えて、極限の寒さの中でも体温を維持させる。
だが、逆に暑い環境ではそれが弊害となり、暑さに耐えられない。ここまではヒエンが推測していた通りだった。
それならば、夏は体毛を刈れば問題ないはず。何故、ムフロンを飼育していた人間が毛を刈っても、ムフロンは夏の暑さに耐え切れず、死んだのか?
ヒエンはそれを確かめるために、電子頭脳を介して領民生活水準担当のアンドロイド、ミキに連絡を入れた。
『ミキへ質問。現在、バリカンは存在しているか?』
『回答。バリカンは存在していない』
『質問。ハサミはどうだ?』
『回答。存在している。だが、ギリシア型のみ。ローマ型はまだない』
『質問は以上』
『了解』
アンドロイド同士の会話は、疑似感情の必要がないので、要件だけの会話になる。
ヒエンはミキから、ハサミの存在を聞くと質問を終わらせた。
ギリシア型のハサミとは、U字形の刃と刃が合うようにした形態。和鋏とも呼ばれている。そして、ローマ型とは、X字形に鋲で留め刃と刃が合うようにした形態。洋鋏とも呼ばれている。
ヒエンはムフロンが夏に死ぬ原因を突き止めた。
彼女が導き出した回答は、人間側の知識不足と技術不足。
この惑星にはまだバリカンが存在しない。そこで、毛を刈るためにハサミを使う。
おそらくギリシア型のハサミでは完全に毛を刈れなかったのだろう。ムフロンの体毛は発熱する。毛を短くしただけでは、夏の気温に耐えられなかった。
そして、もう一つ。飼育した人間がムフロンの取り扱い方を知らない可能性があった。
羊は肩の下に足を入れたり、座らせて両肩を押さえると大人しくなる。
それはムフロンでも同じだった。実際にヒエンは、その知識を使ってムフロンを大人しくさせている。
だが、その知識をこの惑星の人間が知っているか? しかも、初めて飼育しようとした人間なら、知らないのも当然。
ムフロンを飼育しようとした人間は、ムフロンの毛をハサミで刈ろうとする。だが、ムフロンを大人しく出来ずに、上手く毛を刈る事が出来なかった。
そのため、ムフロンはストレスが溜まり、毛も不十分に刈れず、病気になったのだろう。
ヒエンはそう結論すると、以上の憶測を報告書として、ナイキのファイルサーバーに送った。
ヒエンが手を離した途端、ムフロンは彼女から逃げて群れに合流していった。
ヒエンはドローンと遊んでいたコーギーの方へ振り向いて手を挙げる。
すると、それに気付いたコーギーたちが、全速力で彼女に走り寄って、撫でて!撫でて! とお尻をフリフリした。
ヒエンが微笑んで順番にコーギーの頭を撫でる。
アンドロイドに感情はない。だからコーギーを撫でているのは演技だった。
だが、アンドロイドは学習してアップデートを繰り返す。
動物と接し続けていたヒエンの感情アプリケーションは、処理の効率化のために、「コーギーとムフロンは可愛い」の項目を、彼女のOSに直接追加していた。
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