第309話 ルディの世界戦略

「経済的支配とは何だ?」

「その前に問題です。20年後、50年後……このままデッドフォレスト領が発展して豊かになれば、人口が増え続けて貧困層が生まれます。それを回避するには、どうしたら良いでしょう?」


 レインズが経済的支配について質問すると、イエッタはそれに答えず問題を出した。


「……土地を広げるしかないだろう。答えは戦争か?」


 レインズの答えに、イエッタが微笑んだ。


「それも答えの1つでございます」

「ほう? 戦争以外に別の方法があるのか?」


 別の答えがあるとは思えず、レインズがイエッタを見返す。


「そもそも戦争とは、人間と資源の消費でございます」

「まあ、そうだな」


 イエッタの話にレインズも同意する。

 戦争が始まれば多くの人間が死ぬ。イエッタの考えは少し冷静過ぎるが、言っている事は間違ってないと思った。


「戦争で人間を消費して、奪った土地で人口を増やし、また人口が増えたら戦争を繰り返す……成果は直ぐに出ますが、とても効率が悪うございます」

「効率の問題ではないと思うが……では、どうしたら?」

「簡単です。敵に対して支援すればよいのです」


 イエッタの答えを聞いて、レインズが混乱した。


「……ん? すまん、意味が分からない」

「具体的に説明しますと。他領へ余った人間を送り、低金利で資金を貸し出して、道路、上下水道、開墾など、社会的基盤施設インフラの支援を行います」

「……他領で働き口を作るのか!」


 レインズはイエッタの考えを理解して、その発想に驚いた。


「ただ余った人を送るだけでは相手も迷惑です。そこで、働き先も同時に提供します。そうする事で、領内で仕事を失った人員を放出できます」

「余剰の人間を兵士ではなく、労働力にするんだな」


 レインズの考えにイエッタが頷いた。


「その通りでございます。他領もインフラを整備すれば豊かになり、返済金を返せます。なのでデッドフォレスト領に損失はございません。さらに、他領で余剰した生産物を買い取れば、こちらは何もしなくても生産量が上がります」

「もし、相手が断ったら?」

「その時は敵意があると判断して、相手の経済を奪います」

「……経済を奪うとは?」

「関税を上げて商人の往来を無くす。もしくは、その土地の生産物よりも安く別の土地へ売って、収入を減らすなどの処置をとります」

「まるで兵糧攻めみたいだな」

「資金がなければ兵士を維持できません。戦わずとも経済だけで勝てます。ただし、相手が弱まる前に戦争を仕掛けてくる可能性はあるので、こちらもある程度の軍事力は必要でしょう」

「……そうだな」

「こうして少しずつ、デッドフォレスト領を中心に、経済的支配を広げます。私の計算では、この政策が成功すると、デッドフォレスト領は200年間平和を維持できます」

「……200年」


 戦争を繰り返すこの時代。200年の平和は夢物語に等しい。

 壮大な計画を聞かされてレインズは唖然とする。だが、突然ソラリスが作成した『デッドフォレスト領経営設計書』が脳裏に浮かんで閃いた。そして、卓上に置いていた設計書を捲り始めた。


「……これもそうだ。これもか……これもだ。……そうか、全てが繋がった。ソラリスが考えた計画は、すべて経済的支配の前段階だったんだな」

「その通りでございます」

「……いや、まだあるぞ。ルディ君が言っていた新しい麦の種の提供。それと家畜の生産。あれも、経済的支配のための生産物資の1つだな?」

「ご明察」


 正解を言い当てたレインズにイエッタが頭を下げた。




「……そんな事をしたら、国がなくなるぞ」


 まだレインズは、経済を支配する価値を全て把握したわけではないが、イエッタの話を聞いてそう感じた。


「いえ、土地は征服しないので国は残ります。ただし、人間は幸せを求める生き物です。豊な経済、便利な文明を提供されたら、国は残りますが、それ以外の価値は全て共有されるでしょう」


 敵から奪う物が、敵から渡される。それ故、戦争が起こらない。

 その理論は確かに間違っていない。だが、レインズにはそれが恐ろしく感じた。


「……一体、君たちは何が目的だ?」

「私もソラリスもルディの命令で行動しています。そして、ルディの目的は、文明の発展でございます」

「文明の発展?」

「はい。文明は経済的余裕から生まれる副産物でございます。経済的に余裕があれば、親は子供を良い仕事に就かせようと学校へ通わせます。その人数が多くなればなるほど、文明の進化速度が進みます」

「それで?」


 そこでイエッタが困った顔を浮かべた。


「私には理解できませんが……おそらくルディは、それが楽しいのではないでしょうか?」

「……は?」


 レインズが何を言っているだと首を傾げた。


「デッドフォレスト領が豊かになって、人が増え、文明が発達し、皆が笑って暮らせる。それを見るのが楽しいのかもしれません」


 ルディはシミュレーションゲームの感覚で、デッドフォレスト領を豊にしようとしている。

 イエッタはそう考えたが、さすがにそれをレインズに言うのは憚れた。


「楽しいか……」


 おそらく自分もルディの駒の1つなんだろう。

 その事を見抜いたレインズだったが、デッドフォレスト領が発展するなら、それで構わないと思った。


「レインズ様は楽しいですか?」


 突然、イエッタが質問する。

 彼女はレインズがルディの思惑に気付いて、不満なのかを確かめたかった。

 イエッタの質問にレインズはキョトンとすると、大声で笑い出した。


「あははははっ。ああ、そうだな。俺も楽しいよ」


 政治を楽しむルディ。レインズは領主になってから、そんなことを考えもしなかった。

 だが、自分が働く事で領地が発展して領民が幸せになる。その未来を予想して、初めて政治が面白いと思った。

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