第308話 好景気とスラム街

 ルディがのんびりこたつで寛いでいる頃、デッドフォレスト領の領都では、レインズがナッシュの報告を聞いていた。


「薪が不足してきたか……イエッタの言っていた通りだったな」


 その報告にレインズが顔をしかめる。


「領民の分だけならギリギリ足りたんだが……最近は商人の出入が多くなっているのと、他の領地からの出稼ぎが予想していた以上に来ているのが原因らしい」


 出稼ぎと聞いて、イエッタの予想が当たったとレインズの顔が歪んだ。




 今のデッドフォレスト領では、様々な事業を行っているから、人手が足りない。

 そこでレインズは領主になった直後から、労働者を募集していた。

 すると、それを聞いた他の領地から、家業を継げない次男以下の若い労働者が、次々とデッドフォレスト領に押し寄せて来た。


 彼らのおかげでレインズの改革事業は順調に進んでいた。

 領都内だけでなく主要道路を石畳にして、物流の流れを早くする。

 前領主が政治犯を入れていた監獄を立て直して、災害に備えた巨大な備蓄倉庫に改築している。

 領都を区画整理して、商業区、工業区、住宅区を作り、領都の拡張も行っている。


 今は彼らのおかげで人手不足に悩まずにいた。

 だが、事業が終了して仕事がなくなった後どうするか……それが問題だった。


 出稼ぎ労働者が仕事を求めて別の領地へ行くなら、悩む必要はない。

 しかし、イエッタ曰く、彼らは仕事が無くなっても領地から出て行かず、領都の郊外にスラム街を作って、犯罪率が増えるだろうと聞かされた。


 貴族として生まれ育ったレインズは、彼女の話に驚いた。

 王都や規模の大きい都市では、スラム街が必ず存在している。

 レインズはそれが当然だと思っていた。


 しかし、スラム街で暮らしているのは、好景気が終わった後、仕事がなくなった労働者たちと知って愕然とした。

 それでは、まるで自分がスラム街を作っている様なものではないか!

 レインズがそうイエッタに言うと、彼女はその通りだと頷いた。


「好景気は何時までも続きません。好景気の後は必ず不景気が訪れます。好景気の間に何かしらの手段を取らなければ、間に合いません」

「では、どうしたら良い?」


 レインズが相談すると、直ぐにイエッタから答えが返って来た。


「副都市を建造するべきでしょう」

「……は?」


 予想外の回答に、レインズは口をあんぐりと開けた。




「副都市とは?」

「現在デッドフォレスト領では、領都以外に街がございません」

「まあ、そうだな」

「そこで領地の南。2つの別の領地が重なる土地に、経済都市を作ります」


 レインズが頭の中で、デッドフォレスト領の地図を思い浮かべる。

 デッドフォレスト領はハルビニア国の最北端にあり、辺境の土地だった。領土の南には、ストーンレイク領とフェニックス領があり、別の貴族がそれぞれ治めていた。

 そして、2つの領地と繋がっている街道は、デッドフォレスト領の南で合流すると、1本の道となって領都へと続いた。

 街道の合流地点では、小さな宿場町が存在している。イエッタはそこを発展させて、経済都市を作るように提案した。


「経済都市とは何だ?」

「物流ハブ都市でございます。現在、領都で商人が増えてきています。それは、商談が領都でしか出来ないからです。そこで、新たに作る経済都市で商談が出来るように、商人を住まわせます」

「なるほど……」


 イエッタの説明にレインズが頷く。

 確かにそうすれば商人たちの移動距離が減って、彼らの負担が減る。その分だけ流通が回ると思った。


「それと、経済をコントロールします」

「経済のコントロール?」

「経済都市に大型倉庫を大量に生産します。そして、物価が安い時は倉庫に保管して、物価が上がった時に放出します。それで、安定した景気を持続させます」

「……ふむ」


 例えるなら、収穫時期の秋に取れた小麦は価格が安い。だが、収穫前の夏は小麦の価格が上がる。

 そこで、イエッタは大きな倉庫を作って、物流を安定化させようとしていた。


「そこまでが第一段階でございます」

「……まだ続くのか?」

「はい。経済都市を作った後、工業都市を作ります」


 まだ都市を作るのか?

 レインズが大きく目を開いて、イエッタを凝視した。




「工業都市はデッドフォレスト領の北側に作ります」

「まて、その前に工業都市とは何だ?」


 レインズの質問にイエッタは頷いて説明を始めた。


「一言で言えば生産都市です。デッドフォレストの北には、コールドマウンテンがございます。今まで資金がないため未開発でしたが、資金がある今なら地質調査ができます」

「……うむ」

「私の予想では中腹まで行かずとも、何かしらの資源が見つかると想定しております」


 イエッタはそう言うが、彼女は化粧品の開発の為、既に地質調査をしていた。そこで化粧品の材料であるマイカ白雲母を見つけたのだが、それ以外に鉄鉱石と銀鉱石の鉱脈を発見していた。

 だが、彼女は何でも教えるのはレインズの為にならないと考えて、彼にはヒントだけを教えた。


「……鉱石は山の方で取れると聞いた事があるな」

「たいていの場合、山脈は地殻変動で出来ます。底の地層が起伏して鉱石のある地層が表面に出るためです」

「……すまん。そっちの方は詳しくないんだ」

「失礼しました。現在デッドフォレスト領の鉄器具は、他の領地からの輸入品に頼っています。しかし、鉄鉱石が見つかれば、領内でも鉄器具の生産が可能になるでしょう」

「確かにそれは魅力的だな……。それに、生産するには人手も大勢必要だろう」


 炭鉱夫、製鉄所、鍛冶屋、数えればキリがない。

 レインズはそれだけの仕事があれば、仕事不足にならないだろうと思った。


「私の予定では、ここまで20年ほど掛かると見積もっております」

「20年か……その頃は俺も引退して、息子に任せてるかもな」


 レインズがそう呟くと、イエッタが微笑んだ。


「最終目標は、デッドフォレスト領を中心とした、経済的支配でございます」

「……は?」


 経済的支配? それの意味が分からず、レインズは首を傾げた。

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