第306話 こたつの魔法

 12月に入って1週間が過ぎた。

 外は木枯らしが吹き、広葉樹の枯れ葉を枝から落とす。季節は秋が終わり、完全に冬へと変わっていた。


「うぅ……寒くなってきたですねぇ……」


 早朝、ルディは尿意で目覚めてトイレに行く。そのままリビングに入ると、まっしぐらにこたつの中へ入って顔をしかめた。


「電源入ってねーです」


 まだ誰もリビングに居ないので当たり前。

 ルディはこたつのスイッチを入れて、中で手を擦り暖かくなるのを待った。


 今まで宇宙で生活していたルディは、季節とは無縁の人生を送ってきた。だが、この惑星に降りてから、初めて四季を体験する。

 季節によって変わる自然の光景は、見ていて楽しいし美しいと思う。

 だけど、夏の暑さと冬の寒さには辟易した。

 夏はエアコンをガンガンに付けて、ナオミから寒いと文句を言われる。

 冬は寒くて布団から出られず、暖房を付けても少し寒いし、外に出るなど論外。


 そこでルディは、以前手に入れた通販カタログを読み、そこで売っていたこたつに目を付けた。

 これなら布団から出られて、起きながら布団に入っていられる。という自堕落極まりない考えから、ハルとソラリスに命令して、こたつと綿を入れた半纏を作らせた。

 そして、リビングのソファーを倉庫にしまい、替わりにこたつを置いた。

 最初、ナオミはこたつに入って猫のように丸くなる、半纏姿のルディに呆れていた。

 だが、自分も入ってこたつの暖かさを知ると、彼女もこたつの虜になった。




「ぬくもりが良いです……はぁ」


 やっと暖かくなったこたつに、ルディがのほほんとしていると、朝の支度を済ませたナオミがリビングに入ってきた。


「おはよう」

「ししょー、おはようです」


 ナオミはルディに挨拶をすると、すぐこたつに入った。


「はぁ……暖かい。起きたばかりなのに、また眠たくなってくるな」

「これがこたつの魔力です。マナねーけど」


 こうして2人がこたつでぼーっとしていると、地下室で充電を済ませたソラリスがキッチンに現れた。


「おはようございます」

「おはよう」

「おはようです」


 ソラリスの挨拶に、こたつの2人が挨拶を返す。


「朝食はどうなさいますか?」

「僕はそーですね……トーストとポトフが食べたいです」

「美味しそうだな。じゃあ私もそれで」

「畏まりました」


 注文を聞いたソラリスは、料理を作りながら2人のコーヒーを淹れて、こたつの上に置いた。


「アンドロイドは寒さを感じねーから羨ましいです」

「仕様でございます」

「その仕様がうらやましいと言っているです」


 ルディの言い返しに、ソラリスは何と答えようか分からず、首を傾げてキッチンに戻った。


「あいつは、「仕様でございます」と言って話を終わらせようとするから、言い返してやったです」


 そう言ってにひひと笑うルディを、ナオミは呆れた様子で肩を竦めた。


「ソラリスは私たちのために働いているんだ。あまり茶化すな」

「アンドロイドは人間の命令で動いているです。逆に言えば人間の命令がないと持続行動以外、何もしねーです」

「そうなのか?」

「そーなんです。人間は興味がある物を見つけたら、命令されなくても行動できるです。そこがアンドロイドと人間の違いです。だから、管理者がアンドロイドに命令するのは、管理者としての仕事です」

「なるほど……そういう風に作られているのか」

「でも、ソラリスはチョット特殊です。元軍用AIが軍用システム捨てて、自我を持ち始める? アイツがどう進化するのか分からねーから、僕、楽しみです」


 そう言ってルディが、ソラリスの淹れたコーヒーを飲む。


「まったく。お前と言う奴は……」


 ナオミはそう言いつつも微笑み、自分のコーヒーを飲んだ。




 ポトフとトーストの朝食を食べた後。ルディとナオミはこたつに籠って、午前中を過ごした。

 ルディは電子頭脳でハルと連絡を取り合い、ナイキの状態チェック。

 ナオミは、ローランド国の銃に対する防衛手段を考えていた。

 そして、そろそろ昼に差し掛かる頃。アイリンの操縦する輸送機が、ルイジアナを乗せてナオミの家に到着した。


「お邪魔します」

「ルイちゃん、いらっしゃいです」

「寒い所、ごくろうさま」


 ソラリスに玄関を開けてもらい、ルイジアナがナオミの家に入る。

 ルイジアナは前にあったソファーがなく、初めて見るこたつに首を傾げるが、ルディに手招きされてこたつに入る。

 入った途端、こたつのぬくもりにルイジアナの顔が蕩けた。


「はぁ~~。暖かいですねぇ~~」

「ルイちゃん、ミカン食えです。風邪ひかなくなるですよ」


 ルディは宇宙から持ってきた、温州みかんをルイジアナに渡した。


「はーい。頂きます」


 ルイジアナが貰ったミカンを食べると、甘くて瑞々しかった。


「美味しいです」


 ルイジアナの食レポに語彙力はない。


「それは良かったです」


 美味しそうに食べるルイジアナの様子にルディが微笑み、ルディの実年齢を知っているナオミは爺くせえと思った。




 ルイジアナがナオミの家に来たのは、ハルビニア国とレイングラード国との間で結んだ、軍事同盟についての報告。それと、王都の様子などを教えるためだった。


「それで王都の様子はどうでしたか?」

「戴冠式が目前だから、何時もより賑わっていました」


 ルイジアナの返答に、ルディとナオミは、そんなイベントもあったなと思い出した。


「クリス殿下と面会した時に、またボールペンが欲しいから聞いて来いと言われたけど、殿下に渡したそれしか持ってなかったと、嘘ついちゃいました」


 そう言ってルイジアナがペロッと舌を出すと、ルディとナオミが彼女を褒めた。


「さすがルイちゃん。ナイスジョブです」

「人間の欲望はキリがないからな」

「でも、クリス殿下に渡したのは失敗だったかもしれませんね。大貴族の皆がボールペンを見て羨ましそうに欲しがっていたと、私に自慢してました」


 ルイジアナの話にナオミが頷く。


「そうだろうな。実際にボールペンの便利さを一度知ったら、羽ペンには戻れない」


 ナオミもたまにボールペンで論文を書いているので、クリスの気持ちが分かった。


「まあ、そんなの些細な問題です。もし、大貴族とやらが絡んできたら、ししょーがぶっ飛ばすです」

「私かよ。まあ、ぶっ飛ばすけどさ」


 ルディの冗談にナオミが肩を竦める。だけど、もし本当に見も知らぬ貴族が無理やりボールペンを奪いに来たら、殺しはしないがぶっ飛ばすつもりでいた。

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