第305話 時代の変換点

 ゴブリン一郎が集落に戻ると、綺麗なゴブリンと汚いゴブリンが、村の入口で睨み合っていた。


 人数は8対5と汚いゴブリンの方が数が多い。しかし、汚いゴブリンは全員飢えており、半数は雌と子供だった。

 一方、綺麗なゴブリンは全員が大人の雄。毎日飯を食べてゴブリン一郎に鍛えられたおかげで逞しかった。


 戦えば綺麗なゴブリンの方が勝つだろう。でも、ゴブリン一郎の仲間は突然やってきたゴブリンを追い返さず、ゴブリン一郎が戻ってくるのを待っていた。


 今までだったら、間違いなく余所者のゴブリンを、力ずくで追い返していた。

 彼らも好きで同族のゴブリンを追い返している訳ではない。できれば助けたいけど食料に余裕がない。それで今までは仕方なく追い返していた。

 だが、今は長期保存の仕方を知り、狩りも投槍具のおかげで順調。新たに食べられる木の実や野草も知った。食べ物に余裕がある。


 今の暮らしがあるのは、ゴブリン一郎のおかげ。もし、一郎と出会わなければ、目の前の貧しいゴブリンと立場は同じだっただろう。

 それ故、ゴブリン一郎の仲間は余所者を追い返さず、彼らの容姿に過去の自分を見て同情していた。




「待たせたな」

「おう、一郎帰って来たか!」


 帰って来たゴブリン一郎に、仲間たちが安堵する。逆に余所者のゴブリンたちは、彼を見てギョッとした様子だった。

 今のゴブリン一郎の格好は、ルディから貰ったネイビーブルーの軍服に、繊維強化セラミックの防弾チョッキ。背中には、巨大な戦斧を背負っている。

 基本スタイルが皮の腰布1枚のゴブリンから見れば、彼の姿は異様な存在だった。


「話は帰る途中で聞いた。オウ! テメエ等。ここがどこだか知っての出入か? 覚悟は出来てるんだろうな!」


 ゴブリン一郎も彼らを追い返すつもりはない。だが、無秩序な社会では力が物を言う。

 彼もそれは分かっているので、最初が肝心だと脅した。


 ゴブリン一郎の脅しに、余所者のリーダーが土下座して頭を下げる。すると、他のゴブリンたちが一斉に土下座をした。


「……俺ら戦うつもりねーです。だけど、このままだと腹減って死んじまうです。せめて、女と子供の分だけでも分けてくだせえ」


 土下座したゴブリンたちを、ゴブリン一郎が見下ろす。

 人数は8人。群れとしては最低限の人数だろう。だが、もうじき秋から冬になる。いまから食料の備蓄を始めても間に合わず、冬を越せずに全員死ぬのは確実だった。


「この時期に来るって事は……村が襲われたか?」


 ゴブリン一郎の質問に、余所者のリーダーが頷いた。


「3日前にオーガが村を襲いやした。何人も殺されて生き残ったのは、ここに居る全員だけです」


 説明するゴブリンの背後では、その時に愛する子供を殺された、雌のゴブリンたちが泣いていた。


「そうか……」


 ゴブリン一郎の故郷も、別の魔族に襲われて壊滅的な被害を受けた。

 生き残ったのは彼を含めて7人だけ。その後も、次々と怪我や冬の飢えで死んでいった。

 ゴブリン一郎がルディと出会った時は、僅かに3人だけしか残っておらず、その2人もルディとフランツに殺されて、彼だけが奇跡的に生き残った。




「なあ、一郎……」


 黙っているゴブリン一郎の背後から、仲間のゴブリンが話し掛けた。


「分かってる。皆まで言うな」


 ゴブリン一郎はそう答えた後、土下座を続けているゴブリンのリーダーに近づいて片膝をついた。そして、彼の肩に手を置く。


「安心しろ。備蓄は十分にある。お前たち全員を助けてやる」


 その返答に、土下座をしていたゴブリンが顔を上げて、ゴブリン一郎の顔を見つめた。その目から涙が溢れ、鼻水が流れる。


「ほ、本当でっか⁉」

「ああ、ただし条件がある」

「助けてくれるなら、なんなりと!」


 余所者のリーダーのおでこを、ゴブリン一郎が指先で押した。


「まず体を洗え。全員、臭せえんだよ! やっと臭いに悩まなくなったと思ったら、また臭うじゃねえか!」

「……はへ?」


 余所者のゴブリンたちは奴隷の身分となり、辛い仕事を押し付けられると思っていた。それでも、死ぬよりましだと受け入れる気持ちだった。

 だが、そんな事を全く言われず、何故か体を洗えと言われて首を傾げる。

 逆にゴブリン一郎の仲間たちは、ゴブリン一郎の出した条件に、その通りだと頷いた。

 彼らも余所者のゴブリンの体から漂う、突き刺す臭さに辟易していた。

 しかし、それを口にしたら、確実にゴブリン一郎から「お前が言うな」とツッコまれると思ってずっと黙っていた。


 それから、余所者たちはゴブリン一郎の仲間に案内されて、湖で体を清めた。

 村に戻ってくると、彼らを歓迎するための料理が用意されていた。

 それに余所者のゴブリンたちは感涙して、何度も礼を言って頭を下げる。3日ぶりに食べた食事は、塩の味がした。

 こうして、ゴブリン一郎の集落は、新たに8人が加わって、ゴブリン一郎を含めると20人になった。




 翌日から余所者たちの為に、家作りが始まる。

 全員で木の枝と弦糸を集め、新たに竪穴式の住居を3軒作った。

 成人男性はジャベリンとアトラトルの使い方を覚えて狩に出かけ、女性と子供たちは枝で組んだ籠を持って、野草や木の実を集める。


 これは人類が原始時代から縄文時代に入った頃と、全く同じ生活だった。

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