第304話 生きる事が許される

 秋の熊は冬になると冬眠をするため、沢山の物を食べて体脂肪を増やす。熊の脂肪は筋肉と皮膚の間に付き、冬眠中は貯めた脂肪を消費する。

 それ故、この時期の熊は他の季節と比べて脂肪の鎧に身を包み、弓矢を放っても脂肪を貫通させるのは困難だった。


 だが、ゴブリン一郎とゴブリンに、その知識はない。彼らは相手が強かろうが弱かろうが関係なかった。

 今の彼らの最大の敵は、自分自身。

 弱腰な性格を捨てて、生きるために戦う。その為の武器は手に入れた。

 後は、強い敵と戦い勝利して、自信を手に入れたかった。




 ゴブリン一郎が音を立てずに熊へ近づく。

 他のゴブリンたちもゴブリン一郎と熊を中心に、2人ずつ左右へ別れ、熊から25mほどの場所に到達した。そして、ジャベリンをアトラトルにセットすると、ゴブリン一郎の合図を待った。


 熊はゴブリンたちが近づいても、目の前のナナカマドを食べる事に夢中で全く気付いていない。

 ゴブリン一郎もジャベリンをセットする。そして、突然立ち上がると、皆に聞こえる様に大声で叫んだ。


「放て‼」


 ゴブリン一郎の声に食事中の熊が驚いて立ち上がり、3方向からジャベリンが放たれた。

 熊の右胸にゴブリン一郎の投げたジャベリンが突き刺さり、左右から4本のジャベリンが飛来して体に突き刺さる。

 その内の2本は熊の脂肪によって防がれたが、後の2本は脂肪を貫通して、筋肉まで食い込んだ。


「まだ生きてるぞ。お前らは逃げ道を塞げ!」

「お、おう‼」


 ゴブリン一郎の命令に、ゴブリンたちが従う。

 叫んだゴブリン一郎は、背中から戦斧を取り出すと、熊に向かって走り出した。




 熊に刺さったジャベリンは右の肺を貫通して、左わき腹、右腕に突き刺さっていた。

 重症を負った熊は逃げる事を選択する。だが、周りを新たなジャベリンを持ったゴブリンたちが取り囲んで逃げられない。そして、ゴブリン一郎が迫りつつあった。

 熊は戦う以外の選択を失われ、戦う前から精神的に追い込まれた。


 ゴブリン一郎が飛び上がり、戦斧を振りかぶって腕に力を籠める。そして、唐竹を割るように振り下ろした。

 その攻撃を防ごうとした熊が無意識に左腕を伸ばす。だが、その左腕を戦斧が切り落とした。


「がおぉぉぉぉ‼」


 左腕を切り落とされた熊が叫び、残った右腕をやみくもに振り回す。

 ゴブリンたちは巻き込まれない様に少し離れ、ジャベリンを突き出して威嚇した。

 背を向けた熊の背後から、1匹のゴブリンが渾身の力を込めて、熊の膝裏にジャベリンを突き刺す。

 さらに、別のゴブリンが、反対側のふくらはぎにジャベリンを刺す。


 両足を負傷して熊の動きが鈍ったところに、正面からゴブリンがジャベリンを刺すが、そのジャベリンは肩に刺さって鎖骨に当たった。

 熊が肩に刺したゴブリンを睨んだ時、反対側から最後のゴブリンが渾身の力を込めて、熊の目玉にジャベリンを突き刺した。

 ジャベリンが目玉を貫通して脳まで達する。この一撃が決めてになって、熊は地面に倒れた。




「や、殺った!」

「俺たちが熊のたま、取ったぞ!」

「ひゃっはー!」

「強えぇ、俺たちは強くなった!」


 ゴブリン一郎は、最初に投げたジャベリンが刺さっても生きている熊を見て、自分だけで戦おうと考えていた。

 だが、ゴブリンたちは逃げずに、自ら戦う事を選択して熊に勝利した。

 これはゴブリン一郎も予想外で、彼らの勇敢さを褒め称えた。


「お前ら、よくやったな!」


 ゴブリン一郎が近くのゴブリンを抱き寄せて頭を撫でた。


「一郎。やったぜ!」

「うんうん」

「俺たち、もう逃げずに生きても良いんだな?」

「当然だ。俺の親父ルディが言ってた。どんな生き物にも生きたいと思う権利があるんだ。弱くても力を合わせれば強くなれる。皆で生きよう!」


 その言葉に、ゴブリンたちは涙を流して頷いた。


 その後、熊の血抜きをして、全員で熊を担いで集落に戻る。

 集落で帰りを待っていたゴブリンたちは、持ち帰った熊の死体を見て腰を抜かしたが、直ぐに自分が仕留めたかのようにはしゃいだ。




 ゴブリン一郎が集落に来て、2週間が経った。

 来た時は何もなかった集落も、今では木の枝で作った竪穴式の住居が3軒建ち、冬を越すための備蓄も十分に用意できた。


 そんなある日。

 ゴブリン一郎は雌と子供のゴブリンに、食べられる木の実や果物を教えていた。

 すると、集落から仲間のゴブリンが慌てた様子で、彼らに近づいて来た。


「一郎! 一郎! 大変だ‼」

「そんなに慌ててどうした?」

「どうしたもこうしたもねえ。村に違う組の奴らが来たぞ! そいつ等、俺たちの傘下に入りてえらしい!」


 まるで暴力団員の抗争の様に聞こえるが、今の話を訳すと「別のゴブリンの群れが来て、助けを求めている」と言っていた。

 だが、ゴブリンは基本的に群れ同士で助け合わない。他の群れが村に来て助けてくれと言うのは、要するに「食い物を寄越さないと襲うぞ」と同じ意味だった。


 ただし例外はある。例えば、彼らより強い上位の魔族に支配された場合は、群れ同士組んで支配階級に従う。

 以前、ナオミとルディを襲った魔族の大集団の中に、ゴブリンも含まれていた。その時のゴブリンは支配階級に支配されていた。

 だが、ゴブリンを支配していた上位の魔族は、その時のナオミの大虐殺により軒並み死亡。

 今、魔の森の魔族が生息している地域は、無秩序な状態だった。


「数は?」

「8人だ。戦えば負けねえと思うが、どうする?」

「俺が話をつけよう」


 ゴブリン一郎はそう言うと、ゴブリンの集落に向かった。

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