第303話 戦士の誕生

 何度か練習してジャベリンが真っすぐ飛ぶようになり、ゴブリン一郎はジャベリンとアトラトルをゴブリンの里へ持って行った。


「お前ら、次の狩りからこれを使え」


 ゴブリン一郎がゴブリンたちにジャベリンとアトラトルを見せる。すると、1人のゴブリンがジャベリンを見て首を傾げた。


「棒で殺るのか? 石の方が丈夫だぜ」


 ゴブリンから見れば、ジャベリンは先端が尖ったただの木の棒にしか見えなかった。


「こんな短いこん棒、なんの役にも立たねえよ」


 別のゴブリンがアトラトルを奪ってブンブン振り回す。そして、鼻で笑うとポイッと投げ捨てた。


 ブチッ‼


 皆の為を想いせっかく作った道具を投げ捨てられて、ゴブリン一郎の眉間に青筋が浮かんだ。


「ウルセェ!」

「ギャー! 一郎がキレたーー!」


 キレたゴブリン一郎が半分バーサークになりかて、ゴブリンたちが蜘蛛の子を散らすように逃げた。


「これから使い方を教えてやるから、黙って見てろ!」


 ゴブリン一郎はジャベリンとアトラトルを拾いながら、遠巻きに見ているゴブリンたちを睨む。そして、アトラトルにジャベリンをセットすると、適当な大木に向かって力一杯ぶん投げた。


 ドガン!


 ゴブリン一郎の投げたジャベリンが大木を貫通して、半分近くまで突き刺さる。

 その様子にゴブリンたちが目玉が出るほど驚いて腰を抜かした。


「あれ?」


 ゴブリン一郎も、予想以上の威力に首を傾げる。

 本人は自覚していなかったが、今の彼は半分バーサークになりかけていた。それ故、怪力でぶん投げたジャベリンは、予想を上回る威力を発して大木を貫通した。


「なんじゃこりゃーー!」

「木に刺さっとるぞ。ワレ、なんちゅーもんを作ったんじゃ!」


 正気に戻ったゴブリンたちは、ジャベリンが突き刺さった大木に近づき、威力を確かめた後、ゴブリン一郎に色々と質問してきた。


「これから、作り方と使い方を教えてやる」

「ひゃほー!」


 それを聞いたゴブリンたちは、嬉しそうに踊り始めた。




 ゴブリン一郎から作り方を教わって、ゴブリンたちも自分のジャベリンとアトラトルを作った。

 完成したのは多少歪だったが、それでも武器として十分に使えた。

 それから何度も練習をして使えるようになると、ゴブリン一郎は全員に水浴びをするように命じた。


「冷たいから、やだぷー」


 ゴブリン一郎の命令に、ゴブリンたちが反抗する。

 晩秋になると水も冷たく、今まで体を清める概念を持っていないゴブリンたちは、水に入るのを嫌がった。


「ずっと我慢しとったが……お前ら臭いんじゃ!」


 そう言うゴブリン一郎も、ルディと出会う前は臭かった。

 だが、清潔な暮らしに慣れた彼は、ゴブリンたちから漂う悪臭に耐えられなかった。


「神経質なヤツじゃのう」


 そう言いながらゴブリンたちが自分の体の匂いを嗅ぐ。

 まあ、臭い。だが、慣れている彼らはこんなものかと思った。


「なあ、お前等。もしかして、体の臭いで獲物が逃げている事に、気付いてないのか?」


 ゴブリン一郎の質問に、ゴブリンたちが顔を見合わせる。そして、真顔でゴブリン一郎に聞き返した。


「……マジ?」

「マジ」


 ゴブリン一郎が真顔になって頷き肯定する。すると、ゴブリンたちはショックを受けて頭を抱え叫んだ。


「マジかーー! 気づかなかったーー!」


 その気持ちはゴブリン一郎も分かる。

 彼も昔は不潔だった。獲物を見つけても逃げられる。敵に発見される。逃げても隠れても何故か見つかる。

 その原因が体臭だと気付いたのは、ルディに無理やり体を洗わされた後だった。


 と言う事で、ゴブリンたちは森の中の湖で体を洗い始めた。

 長年染み付いた汚れは手で擦っても落ちず、手ごろな草を引き千切ってゴシゴシ洗う。

 すると、汚い深緑だった体の色が、みるみると綺麗な緑色に変わった。


「……俺らって、こんな色の肌だったんだな」

「一郎の肌と同じになったぜ」


 ゴブリン一郎は説明するのを忘れていたが、身を清潔にすれば体に付いていた病原菌が無くなる。その分だけ、彼らは他のゴブリンと比べて、病気に掛かりにくくなった。


「よし。臭いも消えたし、獲物を狩に行くぞ!」

「おう! ぶっ殺してやるぜ!」

「殺るのはワシじゃ!」


 こうして、体を清めたゴブリンたちは、ゴブリン一郎と一緒に獲物を探しに出かけた。




 ゴブリン一郎は体格の良い雄のゴブリン4人を引き連れて、獲物を探していた。そして、森の中でナナカマドを食べている1頭の熊を見つけた。


「……よし、アレを殺るぞ」

「待て、正気か? アレには敵わんわ。気でもトチ狂ったか?」


 熊から離れた場所でゴブリン一郎が小声で話し掛けると、それを聞いたゴブリンたちがオドオドと動揺した。


「大丈夫だ。失敗しても俺が何とかする」

「何とかすると言ってものう……」


 熊は大人になったばかりなのか、体の大きさは2mに少し足りないぐらい。それでも、ゴブリンたちと比べれば、力量は天地の差があった。

 今までだったら、発見される前に逃げていた。だが、ゴブリン一郎はその熊を狩ると言う。ゴブリンたちには、それが信じられなかった。


「俺は手伝う。どうすればいい?」


 だが、彼らの中から一人のゴブリンが応じる。

 それは、以前ゴブリン一郎に助けられた3匹の内で、一番体格の良いゴブリンだった。


「俺が中央で囮になる。お前らは2人ずつ左右に分かれて、俺の合図でジャベリンをぶん投げろ」

「分かった。お前等も覚悟を決めろや。一郎のおかげで俺たちは変わってきてる。死にたくなければ戦うんじゃ」


 仲間から鼓舞されて、今まで弱者だったゴブリンたちの目から怯えが消える。

 それは、彼らが戦士へと生まれ変わった瞬間だった。

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