第301話 お守り
ホワイトヘッド傭兵団が来てから2日後。今度はカールたちがレイングラード国に戻る日が来た。
彼らはソラリスが操縦する輸送機に乗り自国に帰った後、兵を鍛えてローランド国に立ち向かう予定だった。
輸送機の前にカールの家族が並び、その反対側には、ルディ、ナオミ、レインズ、ハク、ルイジアナ、スタンが見送りに来ていた。
「今回は本当に世話になった」
カールがレインズに礼を言う。
レインズの仲介があったから、レイングラード国とハルビニア国の軍事同盟が結べた。もし、彼が居なかったら、これほど重要な同盟を密かに結ぶのは難しかっただろう。
「俺は大したことはしていない」
カールの礼に、レインズが苦笑いを浮かべて頭を左右に振る。
その言い返しに、今度はカールが苦笑いを浮かべて、周りの皆が笑った。
「お前の遠慮は美徳の1つかもしれないが、やり過ぎると呆れられるぞ」
「それはクリス様にもよく言われたが、性分だから仕方ない」
「本当に珍しい貴族様だぜ。もし、戦争に勝ったら、ここで暮らすのも悪くないな」
ルディとレインズが居れば、デッドフォレスト領は発展するだろう。カールは戦争に勝って生き残れたら、この領土の発展していく様を見たくなった。
「その時は歓迎する」
「ああ、よろしくな」
2人はそう言うと、固い握手を交わした。
「フランツ、本当に行くですか?」
「うん」
質問するルディに、フランツが微笑んで頷いた。
当初、レイングラード国の国王から、フランツだけをデッドフォレスト領に残すかと打診があった。
国王はもし敗戦したら、ローランド国が王家の血を根絶すると考え、フランツだけでも生き残らせて王家の血を残したかった。
だが、当のフランツが家族と離ればなれになりたくないと、これを拒否。
カールも国王と同じ気持ちだったが、本人の意思を尊重して、フランツを連れて行くことにした。
「フランツ、まだ若いんだから、苦労しなくていーですよ。ししょーもフランツなら弟子にすると言ってるです」
「でも、ルディ君だって戦争に参加するんでしょ?」
ルディの実年齢は81歳だが、見た目だけならフランツと同じぐらい。
皆には成長が遅れている16歳だと誤魔化していた。
「ぐぬぬ……まあ、そうですけど……」
ルディが言い返せずにいると、ナオミが彼の肩に手を置いた。
「ルディ、諦めろ。フランツは自分で考えて覚悟を決めたんだ。友達なら笑顔で送ってやれ」
「……ししょー……分かったです。フランツ、絶対に生きて帰って来いです!」
「うん。ルディ君も負けないでね!」
2人はお互いに激励すると、がっしりと抱き合った。
カールの家族が全員に別れを言ってから、輸送機に乗り込む。
「もうよろしいのですか?」
「ああ。今生の別れじゃない。俺たちは必ず戻ってくる」
機内で待っていたソラリスの質問にカールが答えると、ソラリスが話を続けた。
「……差し出がましい話ですが、現在の計算だとレイングラード国が勝つ勝率は20%以下でございます。ですので、もう少し皆様とお話された方が良いと、私から進言します」
それを聞いて、カールが片方の口角を尖らせて笑った。
「ほう? 20%もあるのか。そっちの方が驚きだ」
「…………」
「君が心配する気持ちはありがたく思う。だけど大丈夫だ。俺たちは負けない」
ソラリスがカールの家族を見る。彼らの顔は全員、自信に満ち溢れていた。
その時、ソラリスは彼らの表情から、巡洋艦ビアンカ・フレアの失った
戦争は生物学的な考えだと、自己生存の為の縄張り争いに過ぎない。
人間は縄張り争いを国の為だと教育されて、生存本能から戦いを望む。
それは、この惑星でも宇宙でも同じだった。
ソラリスが巡洋艦ビアンカ・フレアのAIだった頃、彼女には軍事システムがインストールされていた。その軍事システムの一部には、最優先事項の1つに、搭乗員を守れという命令があった。
だが、今のソラリスは容量の問題から、軍事システムをアンインストールしている。
それ故に本来ならば、カールの家族が死のうが何とも思わない……はずなのだが、何故か軍事システムがインストールされていた頃と同じく、彼女はカールたちを守りたかった。
この思考が、感情なのだろうか? ソラリスは、自身にある筈のない、心という物が理解できなかった。
「私も遠くの空から、カール様方の無事をお祈りします」
「ありがとう」
ソラリスが頭を下げると、彼女の言葉にカールも頭を下げた。
ソラリスが客室に入っていくカールの家族を見送っていると、最後尾のションが足を止めて、彼女に話し掛けてきた。
「あの、ソラリスさん」
「何でございましょう」
「その……戦争が終わったら、話があるんだ……」
本当は「恋人になってください」もしくは「結婚したい」と、ションは言いたかった。だが、これから戦争に行く身、それは噂に聞く死亡フラグだと思い出す。
フラグを立てて死ぬのは、さすがに嫌だ。そこで、最低限のギリギリのラインで妥協した。
「話ですか?」
「そう。大事な話があるんだ」
首を傾げるソラリスにションが頷き返す。
「それなら今、お聞きしますが?」
「いや、今は駄目なんだ。下手したら俺が死ぬ」
「……はあ?」
ソラリスが首を傾げる。
なお、ションが立っている場所は、自動ドアのセンサー内なので、ドアが開きっぱなし。
当然客室にも話が聞こえており、カールの家族……特にニーナが両手を握って、心の中でエールを送っていた。だが、緊張しているションはそれに気づいていない。
「そ、そうだ。ソラリスさん!」
「なんでしょう」
「何かお守りがあれば、貰えますか?」
「お守りですか?」
「そう、お守り!」
管理者のルディが無神論者なので、当然彼女の心に信仰心はない。
当然、お守りなど持っておらず、彼女はアンドロイドのネットークにアクセスして、他のなんでもお任せ春子さんに相談した。
すると、春子さんの1人、リンからキスをする案が出て、ソラリス以外の全員が賛成した。
次に何処にキスをするかの意見が飛び交い、多数決で頬にすると決まった。
なお、次点は唇だったが、時期尚早と言う事で1票差で負けた。
「分かりました。では失礼します」
突然ソラリスがションの両腕を掴んで引き寄せる。そして、彼の頬にキスをした。
「……へ?」
ソラリスは突然の事にぼーっとするションを放すと、頭を下げて操縦室に入った。
ションはソラリスがテレたと思ったが、彼女はただ仕事に戻っただけで恥じらいなど微塵もなかった。
キスをされて茫然としていたションが正気に戻る。そして、キスをされた頬に触れた。
「……やった!」
喜びのあまり踊りだしそうなのを堪えて振り向くと、客室に居たカールたちが大笑いしていた。
家族の様子を見て、ションは到着してから言うべきだったと後悔した。
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