第300話 レーション開発

 レーションの起源はナポレオン戦争の時代まで遡る。

 それまでは一日分の食費を金銭で支給して、兵士は酒保商人から食料を買っていた。

 だが、ナポレオンは「軍隊は胃袋で動く」という考えから、懸賞金を出して長期間保存ができる食品を求めた。その結果、フランスのニコラ・アペールが瓶詰めの食品を開発する。これがレーションの始まりだった。


 さらにレーションが発展したのは、第一次世界大戦の時代。

 直ぐに終わると思っていた第一次世界大戦は長期戦に入り、兵士たちは過酷な塹壕の中で生活していた。

 火も使えない状況下での食事は、長期間保存ができる食品に限られており、割れやすい瓶に代わって、ブリキの缶詰が登場する。

 レーションの発展によって、第一次世界大戦がさらに長期戦するのは、皮肉な結果だった。


 ローランド国との戦争には、ルディとナオミも同行する。

 ルディは一度レインズとの旅で、この惑星の携帯食を経験しており、あんな固くてマズイ物は食べ物ではないと思っていた。

 そこで、ルディは旅の途中でも美味しく食べれる携帯食を、密かに開発していた。




 アスカからレーションが携帯保存食だと聞いて、スタンは興味が湧いていた。

 傭兵も戦場では酒保商人から食料を買っている。だが、購入は正規軍が優先なため、傭兵たちは何時も余り物の粗末な食べ物しか買えなかった。

 もし、長期保存できる食べ物があれば、戦場でも美味い飯が食べられると考えた。


「俺もそのレーションに興味が湧いた。喜んで試食しよう」

「分かった」


 スタンの返答にアスカが頷く。

 だが、試食なので全員分はない。そこでスタンは、一度ルディの手伝いをした、マルティナ、セリオ、パトリシオのみを試食に参加させ、後は諦めてもらった。




 テーブルに並べられた見た事のない箱に、スタンたちは首を傾げていた。

 持ち上げると中身は詰まっているが、箱自体は軽い感じがする。

 そして、叩いても丈夫だし、簡単に壊れる素材ではなかった。


「これがレーションか?」

「そうだ。入れ物の素材については質問するな」


 マルティナの質問にアスカが睨んで答える。

 レーションで重要なのは、中身ではなく容器だった。

 この惑星ではガラスがまだ未開発なため、缶詰どころか瓶詰すら存在しない。

 最初にルディは瓶詰は割れる危険があるから、缶詰を作ろうと考えた。

 だが、ブリキ缶から作るとなると、資源採取から始める必要があり、もの凄いコストが掛かる。たかがレーションで、それはないと考えた。


 そこでルディは、この惑星より遥かに発達した未来技術から、今回だけは特別に缶詰の代替品を使う事にした。

 それは、紙の様に作られた石だった。素材の石灰石を細かく砕き、特殊な接着剤を混ぜて紙の様に仕上げた。

 出来た箱は破こうとしても破けず、水と火にも丈夫。立体にすれば踏んでも潰れない。密封すれば空気を通さず、素材が石なので環境にも優しかった。

 この惑星の住人から見ればオーパーツな代物だったが、今の技術では複製どころか、原材料すら分からない。

 もし盗まれても使い道は箱ぐらいしか用途がないため、特に問題ないだろうとルディは採用した。




「分かった。箱の事は質問しない。まずは……これから食べてみよう」


 質問するなと言うならば、質問しない。

 面倒ごとを嫌うスタンは素直に頷き、適当に選んだ箱を選んで手に取った。


「これはどうやって開けるんだ?」

「底にキーが付いている。それを外して横の出っ張りに引っかけて回せ」


 アスカの説明に、スタンは言われた手順通りに箱を開けた。


「で、コイツは何だ?」

「ノザキ式コンビーフという食べ物だ」

「コンビーフ?」

「塩漬けの牛肉だ」

「ふむ……」


 スタンが手掴みでコンビーフを千切って口に入れる。そして、確かめる様に何度も噛んでから、ゴクリと飲み込んだ。


「なるほど……これは、干し肉と比べて柔らかくて美味しいな」

「私も貰おう」

「俺も食ってみる」


 スタンが食べた後で、マルティナたちもコンビーフを食べてみた。


「ほう。これは良いな。今すぐ干し肉の替わりに採用したい」

「このままだと脂っこいけど、調理には使えるな」

「スープに入れると美味しいかも」


 コンビーフは3人にも好評で、アスカは試食している4人の様子からコンビーフの増産を決定した。




 その後もルディの作った缶詰、改め箱詰めを試食して、スタンたちは味を評価した。

 水を入れるだけで柔らかくなるアルファ米。普通に噛める乾パン。

 甘い味付けの鶏肉、スモークウインナー。

 どれも彼らが普段食べている料理よりも絶品で、これが保存食とは思えなかった。


「最後はこれだな」


 最後に残った箱詰めをスタンが手に取ると、アスカの顔が歪んだ。


「これは……本当にお勧めできないぞ」

「そうなのか? 中身は何だ?」

「……マカノッチーだ」

「マカノッチー?」

「牛肉、じゃがいも、マメ、人参を入れたシチューだ」

「聞くだけなら美味そうだな。まあ、試食だから食べてみるよ」


 そう言ってスタンが箱詰めの蓋を開ける。

 すると、箱の中から肉が腐った様な臭いが漂ってきた。


「……これは腐っているのか?」

「残念ながら、それがそのシチューの匂いだ」

「……マジかよ」


 スタンは箱から漂う臭いに危険を感じた。だが、彼はルディの飯信者であり、ルディの作る飯だったらきっと美味いだろうと信じてしまった。


 アスカとマルティナたちが見守る中、スタンが鼻を摘まんでマカノッチーを口にする。

 その途端、胃が逆流して吐きそうになり、手で口を押える。そして、慌ててトイレに向かって走り出した。


「やはり駄目だったか……何でこんな物を作ったんだ?」


 残されたマカノッチーを見て、アスカが首を傾げる。

 マカノッチーは「粗悪なゴミ」、「殺人級の不味さ」、「人類最臭兵器」などと評価された、イギリスが第一次世界大戦中に開発した、最悪のレーションだった。

 なお、ルディがこれを作ったのは、ただの悪戯。採用する気は全くなかった。




※ 祝 300話

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