第299話 傭兵団の到着

 ルディがデッドフォレスト領に戻り、ブートキャンプやムフロンの飼育を始めてから2週間が過ぎた。

 季節は冬に入り、コールドマウンテンから吹く冷たい風が頬を撫でる。

 この頃になって、スタン率いるホワイトヘッド傭兵団が、デッドフォレスト領の領都に到着した。


「入れないってのは、どういう事だい?」

「別に入れないとは言ってない。俺が上から聞いているのは、アンタ等が来たら郊外へ案内しろという命令だけだ」


 武装した傭兵団を危険視して、街に入れない都市は多い。

 だが、今回は依頼を受けての来訪なので、街に入れないのはたとえ身分の低い傭兵団でも失礼にあたった。


 傭兵団の団員、マルティナ、セリオ。

 王都でルディの手伝いをした2人と他の数人が、門兵と言い争いをしていると、街中に入れず痺れを切らしたスタンが現れた。


「いったいどうした?」

「いや、この兵士が中に入れさせてくれねえんだ」


 スタンにセリオが答えると、言い争いをしていた門兵が頭を左右に振った。


「だから、そんな事は言ってない。俺はレインズ様から、ホワイトヘッド傭兵団が来たら、郊外のブートキャンプへ案内しろと言われているだけだ!」

「……そのブートキャンプってなんだ?」


 ブートキャンプが分からずスタンが眉をしかめていると、街の中から馬に乗ったハクが姿を現した。


「おう。お主たちか、よく来たのう」


 ハクは馬から降りると、敬礼する門兵を手で制して、スタンに笑みを浮かべた。


「ああ、爺さん久しぶりだな」

「久しぶりと言っても最後に会ったのは2週間前だけどな。それで、何かトラブルか?」

「ハッ! ホワイトヘッド傭兵団が来たので、言われた通りに郊外の宿舎へ行くように言ったのですが、彼らが中に入れろと騒いでいます」


 ハクの質問に門兵が敬礼をして答えると、それだけでハクは全てを理解して笑い出した。


「ふぉふぉふぉ。なるほどのう」

「なあ、ハク爺さん。俺たちは寒い中を王都から来たんだぜ。せめて暖ぐらい取らせてくれよ」


 セリオがハクに話し掛ける。すると、上官であるハクを爺さんと呼んだ事が気にくわなかったのか、門兵がセリオを睨んだ。

 なお、セリオが爺さん呼びするのは、ルディがそう呼んでいたから。そして、ハクも爺さんと呼ばれても気にしない性格だった。


「とは言ってものう。お前たち100人を泊まらせる宿など、この街にはないぞ。それに、最近はやけに商人の出入りが多いから、常に宿は満杯じゃ」

「マジかよ……」


 ハクの話にスタンだけでなく、傭兵たちがため息を吐く。


「まあ、商人を追い出して、お前たちを泊まらせる事もできるが……本当にそれで良いのか?」

「……どういう意味だい?」

「宿舎で出る飯は、ルディ殿が考えた献立だぞ」

「……⁉」


 ハクの話に、ホワイトヘッド傭兵団の全員が目を見開く。

 突然、マルティナが門兵の胸倉を掴んだ。


「テメェ! 何でそれを早く言わねえんだ‼」

「……ええぇ」


 マルティナに胸倉を掴まれた門兵が困惑する。


「団長すまねえ。コイツがグズで手間取っちまった」

「……ええぇ」


 マルティナがスタンに謝る横で、解放された門兵が顔を引き攣らせる。

 なお、この門兵は以前、ルディにボディーブローを喰らった門兵と同一人物だった。


「ふぉふぉふぉ。問題は解決したようじゃのう。わしもそこへ向かう途中だったから案内するぞ」

「そうか。よろしく頼む」


 ハクに向かってスタンが頭を下げる。

 今の話が伝わって、はしゃいでいるホワイトヘッド団を率いて、ハクとスタンはブートキャンプへと向かった。




 ブートキャンプに近づくと、変な歌が聞こえてきた。


”ローランド兵を捕まえて”

”牢屋で犯すケツは良く締まる”

”うん よし”

”感じよし”

”具合よし”

”すべてよし”

”味よし”

”すげえよし”

”おまえによし”

”俺によし”


”スカした女はもういらない”

”俺の彼女はグラディウス”

”敵の血糊で赤く染め”

”処女を失くして帰還する”

”結婚式にはお前を呼ぶぜ”

”見せてやるよマイ フェア レディ!”


「……なんだこれ、ひでえ歌だな」


 大声で歌いながら走る兵士の様子に、スタンが顔をしかめる。

 それは彼だけでなく、傭兵団の全員が同じ気持ちだった。


「ふぉふぉふぉ。ルディ殿曰く、歌う事で士気高揚があるらしいぞ」

「そんなもんかねぇ……」


 ハクの説明にスタンが肩を竦める。

 傭兵は金と実力だけがモノを言う世界。確かに士気を上げるのは必要だが、それは戦況次第ですぐに変わる。

 仲間意識が薄い傭兵たちには、理解出来なかった。


「あっ。黒剣のカールも走っている」


 傭兵見習いのパトリシオが、走っている兵士たちの中に、カールとドミニクが一緒に走っているのを見つけて指をさした。

 スタンが2人を見れば、カールは楽しそうな様子で兵士たちと一緒に下ネタを歌い、ドミニクの方は恥ずかしがっていた。


「……アイツ等、何やってんだ?」

「ふむ。カール殿はブートキャンプを見て、自国でも取り入れたいと考えたらしいぞ。体験入隊したいと申して来たから、兵士たちと一緒に鍛えておる」

「ニーナ、お前が止めろよ……」


 スタンは下ネタを可笑しく歌うカールを見ながら、それを止めなかったニーナに呆れていた。




 ホワイトヘッド傭兵団が宿舎に到着する。

 傭兵団には、1室に40人が泊まれる大部屋を3部屋割り当てられた。


 部屋の中には、二段ベッドがずらりと並んでいた。

 壁には彼らが見た事のない透明な窓ガラスがあり、部屋の前後にある暖炉が部屋の中を温める。当然、トイレと風呂も完備されていた。

 郊外と聞いてテントだと思っていた傭兵たちは、用意された宿泊施設に満足する。

 だが、食事の時間になると、彼らを迎えたデッドフォレスト軍の教官、アスカから残酷な言葉が告げられた。


「残念だが、お前たちの分はない」


 アスカの話は当然。

 いきなり100人分の食事を追加しろと言われても、急に用意などできない。

 久しぶりにルディの飯を食べれると考えていた傭兵団の皆は、その話に落ち込んだ。


「ところで。ルディが開発中のレーションならあるけど、食べてみるか? ただし、味は保証しないぞ」


 レーションとは何ぞ? スタンが首を傾げた。

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