第298話 ルディへの報酬

「ずいぶんと、面白い事をやってるな」


 ナオミの家でルディがブートキャンプの献立を考えていると、ナオミが話し掛けて来た。


「ブートキャンプの事ですか?」

「ああ、さっきハルに映像を見せてもらったよ。あの替え歌は面白いけど、子供がマネしそうだ」


 下ネタを歌う子供の親の顔を想像して、ナオミが笑みを浮かべた。


「あの歌にも士気高揚という意味あるですよ。それよりも200人も大喰らいが居ると、食料がドンドン減るですね」

「備蓄は大丈夫なのか?」

「全く問題ねーです。むしろ消費して欲しいです」


 ナイキから運んで拠点にある食料は、1万人が1年間食べられるだけの量がある。

 保存状態が良いので腐らないが、冷凍庫の電力も馬鹿にならないので、出来るだけ早く消費したかった。


「ああ、そうそう。ししょー。事後報告ですが、この森、完全にししょーの物になったです」

「……? チョット待て。意味が分からん」


 突然の話にナオミが顔をしかめる。頭の中では、またルディが何かしたのだと既に確信していた。


「レインズさん。ブートキャンプで兵士を鍛える報酬に、お金払う言ってきたですが、僕、別に金など要らぬと答えたです」


 それを聞いて、頭を抱えるレインズの姿がナオミの脳裏に浮かんだ。


「レインズさん頭抱えていたから、僕から提案して、金の代わりに土地貰ったです」

「それで、魔の森を貰ったのか……」

「さすがししょー。話が早えーです。魔の森の資源は全部ししょー名義です」


 魔の森には多くの危険な生物が生息しており、誰も欲しがらない。だが、その広さはハルビニア国の土地面積を上回っていた。

 そして、森の中には廃棄された巡洋艦ビアンカ・フレアや、貴重な資源が存在しており、その総資産は計算できなかった。


「そこが納得いかない。今回、私は全く手を出してない。名義はお前にするべきだ」

「目立ちたくねーから嫌です。僕、ししょーの弟子よ。弟子の功績はししょーの物です」


 ルディの言い返しに、ナオミが呆れてため息を吐いた。


「全く……お前と言う奴は……面倒くさいと思ったんだろ」

「バレテーラ。だけど、土地貰うとき、ししょーに爵位の話も出たけど、それは断ったです」

「それが正しい。私が爵位を貰ったら、ローランドは必ずここを攻めてくる」

「ですよねー……そうそう、今後は薪のために森を伐採する時、手数料がししょーの懐に入るですよ。何もしなくてもお金持ち。ししょーやったね、です!」

「私もお金はいらないよ。もし、必要になったらお前が受け取りな」

「了解でーす。デッドフォレスト領の隠し財産として、レインズさんに貯めろと言っておくです」


 それはルディの金とは言わない。

 だが、ルディはデッドフォレスト領を発展させる事が、面白いのだろう。ナオミはそう考えて、口にするのはやめた。




 ピッー!


 畜産担当のアンドロイド、ヒエンが笛を鳴らすと、4匹のコーギーがドローンを囲むように追い駆けだした。


 ピッ!


 もう一度鳴らすと、走るのをやめて、その場で立ち止まる。


 ピッ! ピッー!


 ヒエンが戻れと笛を鳴らす。

 すると、ゴーギーたちは彼女の元へ戻ってきた。


「グッドボーイ」


 ヒエンが足元に縋るコーギーを褒めて頭を撫でる。子犬たちは遊んでいると勘違いして、嬉しそうに彼女へじゃれついた。


「凄いな……」


 ヒエンの隣で見学していたフランツは、その訓練に感嘆を漏らした。


「フランツ様もやってみますか?」

「え? できるの?」


 ヒエンの誘いにフランツが驚く。


「問題ございません。むしろ、私以外の命令でも従わせるようにしたいので、お願いします」

「それなら、やってみるよ」


 ヒエンからやり方を教わって、フランツが笛を受け取る。

 教わっている間もコーギーたちは、フランツを、”誰? 誰? 遊んで、遊んで!”と、舌を出してはしゃぎ回っていた。


「じゃあやるよ! ピッー!」


 今度はフランツが笛を鳴らす。

 コーギーたちは笛の音に遊んでくれると勘違いして、逃げるドローンを追い駆け始めた。

 1匹のコーギーがドローンに追いついて、飛び掛かろうとする。


 ピッ!


 その前に笛を吹き、コーギーはギリギリ飛び掛からず、その場に留まった。


 ピッ! ピッー!


 笛を鳴らしてコーギーを呼び戻すと、ゴーギーたちは遊びが面白かったのか、フランツの周りをぐるぐる駆け回った。


「本当に頭の良い子だね!」


 フランツが溢れんばかりの笑顔を浮かべて、集まったコーギーの頭を撫でまわす。


「コーギーは運動量が高く、人間に素直な性格なので、牧畜犬として育てるのに丁度良い犬種です」

「へーそうなんだ。可愛いし、命令も聞いてくれるから、冒険でも役に立ちそうだね。何時か独り立ちする時、僕も1匹欲しくなったよ」

「ペットを飼う気持ちは分かりますが、生き物を飼う覚悟は必要でございます」


 ヒエンの話にフランツが真面目な顔をして頷く。


「……そうだね。人間の都合だけで、飼ったり捨てたりしたら駄目だもんね」


 フランツの返答に、冷静な性格で表情をあまり出さないヒエンが、珍しく微笑んだ。


「それが分かっているなら、問題ないでしょう。コーギーが繁殖して、フランツ様がいつか独り立ちする時が来たら、1匹差し上げるかルディと相談しましょう」

「本当⁉」


 コーギーの頭を撫でていたフランツの目が輝いた。


「嘘は申しません。その時まで今の気持ちをお忘れなく」

「もちろんだよ!」


 フランツがヒエンに頷いていると、遠くの空から輸送機がこちらに向かって近づいて来た。


「そろそろ行かなきゃ」


 これからカールの家族は領都に戻って、スタン率いるホワイトヘッド傭兵の到着を待つ。

 そして、馬車から私物を受け取って、レイングラード国に戻る予定だった。


「ご無事をお祈りします」


 頭を下げるヒエンにフランツが頷く。


「デッドフォレスト領は良い所だね。戦争が終わったらまた来るよ」

「その時は今よりも発展しているでしょう」

「うん。楽しみにしている」


 フランツはヒエンと握手をした後、家族の元へと走りだす。

 その後ろ姿を見て微笑むヒエンの足元には、4匹のコーギーたちが舌を出してじゃれついていた。

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