第297話 兵隊から軍隊へ

「何だ、この匂い。お前、知ってるか?」

「いや嗅いだ事ねえな……だけど、腹の減る匂いだな」


 昼から何も食べず訓練で疲れていた兵士たちは、匂いに誘われてフラフラと食堂へ足を運ぶ。そして、並んでいた兵士の最後尾に並んで、飯当番から夕飯を受け取った。


 今日の夕飯はルディが献立した、ミートソースのスパゲッティに、昆布出汁の浅漬けキャベツ。それと、エール酒を1人1杯まで。

 普段は塩味のスープと固いパンしか食べない彼らが、見た事すらない料理だった。


 テーブルに着いた兵士たちは、目の前の料理から漂う匂いに限界まで腹を空かせると、フォークを掴んでパスタを頬張った。

 パスタを口に入れた途端、広がるトマトの酸味と玉ねぎの甘み。豚のミンチ肉からはジューシーな肉の味がする。さらに、ソースがモチっとしたパスタに絡んで食べやすい。

 兵士たちは食べた途端、あまりの美味さに稲妻が全身を駆け巡った。


「何だこれ……すげー美味い……」


 ミートスパゲッティに絶句した後、キャベツの浅漬けに手を付ける。

 すると、昆布の甘みがありながら塩の効いたキャベツが、べとついた口の中をサッパリさせた。


「こっちもうめえ……」 


 彼らは会話すら忘れて、ただひたすら目の前の料理を平らげた。

 この食事を毎日食べられるなら、ここに居ても良いかも……。

 食べる前まで辞めようと考えていた元守備兵たちは、ルディの考えた料理に魅了されていた。




 翌朝の食事は、玄米入りのご飯に卵焼き、納豆とたくあん。それと大根の味噌汁。

 納豆の匂いとネバネバが駄目な兵士も居たが、それでも全員が美味いと完食した。


 午前中の訓練は、広場に集まっての敬礼訓練。

 少しでも乱れるとアスカの叱咤が飛び、連帯責任で腕立て伏せ、腹筋、背筋の罰が与えられた。

 それを延々と4時間。最後の方は何も考えられず、条件反射で勝手に体が動いていた。


 昼食は、牛乳を掛けたドライフルーツ入りの玄米シリアルに、チキンソテーが出された。

 シリアルに入ったドライフルーツに、めったに甘味を食べられない兵士たちが喜んでいた。

 兵士の中には量の少ない昼飯に不満なのも居たが、午後の訓練が始まると、その理由を直ぐ理解した。


 午後の訓練は、領都の郊外に作られたアスレチック場での訓練だった。

 なお、このアスレチック場は、ブートキャンプをすることが決まって直ぐ、ハルが密かに重機を使って作った。


 グラウンド1周の距離は200m。

 丸太を飛び越えて進む足場の悪いエリアから始まり、雲梯、匍匐前進、登り綱、壁超えなど、行く手を阻む障害物が待ち構えている。


「では、5人ずつ順番に並んで始めろ。1人でも遅れたら、腕立て伏せ、腹筋、背筋20回だ!」

『イエス、マム!』


 アスカの命令に、兵士たちは午前中に習った敬礼を返す。

 そして、兵士たちがスタート位置に並び、アスレチック訓練が開始された。

 障害物が兵士たちの行く手を阻む。最初、子供の遊びだと思っていた兵士たちは、その辛さにすぐ悲鳴を上げた。

 途中で休めばアスカの罵声が飛び、1人でもゴールが遅かったら連帯責任で腕立て伏せ、腹筋、背筋のフルコースが待っていた。

 それを、みっちり3時間。全員へばっていた。


 最後にアスカは、彼らと一緒に歌を歌いながら領都を一周走った。


”俺たちゃ無敵のフォレスト軍”

教官アスカが股間を握って こう言った”

「お願い欲しいの」

P.T.しごけ!”

「大きくさせて」

P.T.しごけ!”

”おまえによし”

”俺によし”

”よし 逝くぜ!”


”教官殿に起こされて”

”走れと言われて一日走る”

”バイバルスはインキン野郎”

”梅毒 毛ジラミ ばらまく強姦魔”

”革命の魔女が大好きな”

”俺が誰だか教えてやるよ”

「デッドフォレスト軍!」

”アイ ラブ フォレスト軍!”

「私の軍隊!」

”貴様の軍隊!”

「我らの軍隊!」

”デッドフォレスト軍!”


 アスカと彼らが歌っているのはミリタリーケイデンス。

 ミリタリーケイデンスは、軍隊でのランニング、行進、行軍などの訓練の際に唱和する。

 目的は、士気の向上、兵士同士のチームワークと助け合いの精神、規律を高める。さらに、ホームシックを和らげたり、軍や上官への文句を歌詞に盛り込むことで、不満のガス抜きする目的もあった。

 なお、「P.T.しごけ」というのは、体を鍛えろという意味である。


 兵士たちは、訓練中に歌を歌うなど、今までの常識ではありえなかった。だが、アスカが歌えと言うからには歌うしかない。

 最初、女性のアスカが率先して下ネタを歌い始めて、戸惑い驚いた。

 だけど、それが面白かった兵士たちは次第に楽しくなり、下ネタ満載の歌を大声で歌いながら、領都を走った。




 軍人に個人の力は必要ない。

 1人だけが強くても他が弱ければ、それは軍隊として弱いと考える。

 ブートキャンプの目的は、全員の精神、基本能力を強化。それと、連帯感を育てて、1つの集団にさせるのが目的だった。


 だが、ただ鍛えるだけでは強くならない。

 ルディの考えた献立は、美味いうえに体を鍛えるのに必要な栄養素がバランスよく含まれていた。

 筋肉を付けるのに必要なたんぱく質。激しい運動に必要な糖質。体を健康にするビタミン。運動で汗を流すから塩分は多め。


 バランスの良い食事、厳しい訓練と規律。

 貧弱だった兵士たちは、ブートキャンプによって、次第に肉体と精神を強くしていった。

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