第294話 広大な飼育場

 カールの家族とムフロンを乗せた輸送機が、草原に着陸する。

 ハッチが開いてカールの家族が現れると、なんでもお任せ春子さんの1人、ヒエンが待っていた。


「お疲れさまでした」


 ヒエンの容姿は髪型がポニーテールな所以外、ソラリスと似ている。

 そして、ヒエンがインストールしている疑似感情アプリケーションは、冷静タイプだったので、どことなく雰囲気もソラリスに似ていた。


「えっと、君はヒエンというのか?」


 ヒエンの胸に付けた名札を見てカールが尋ねる。

 ヒエンの名札には、名前の横にデフォルメされた可愛い羊の顔が描いてあった。


「初めましてカール様。デッドフォレスト領の畜産を任されました、ヒエンと申します」

「ムフロンの捕獲は無事に完了した。確認してくれ」

「既に確認しております。問題ございません」


 見てもないのにどうやって確認したのか?

 おそらくソラリスが連絡したのだろうと察したカールは、特に何も言わなかった。


「申し訳ございませんが、最後にムフロンを柵の中に入れる作業の手伝いをお願いします」

「ああ、分かった」


 輸送機が着陸した草原には、ハルが重機を使って急ピッチで建てた、ムフロン用の飼育場が既に完成されていた。

 飼育場には厩舎、水飲み場、毛刈り場があり、30頭程度なら余裕で飼育できる広々とした土地が柵で囲まれていた。




 カールたちは、ヒエンの指示でムフロンを飼育場へ放し飼いにする。

 柵の中に放たれたムフロンは、最初のうちは環境の変化に戸惑って一か所に集まっていた。だが、次第に環境に慣れると、草原の草をもしゃもしゃ食べ始めた。


「ありがとうございます。……暫くの間は様子見でしょう。カール様、依頼の達成ご苦労様でした」

「いや、ルディ君が色々とお膳立てしてくれたから、楽な仕事だったよ」

「そのルディ様から言付けがございます」

「何かな?」

「検疫の為、一週間ここで隔離していて欲しいです……言付けは以上でございます」

「検疫とは?」


 検疫を知らないドミニクが質問する。


「ムフロンから人間に感染する疫病の検査です」

「それをしないとどうなるんだ?」

「カール様たちはワクチンを打っているので、軽い発熱、頭痛ぐらいでしょう。もし、カール様の誰かが感染しており、それが他の人達に病気が移った場合、大勢の人間が高熱により死に至る可能性がございます。現在想定している死亡者数は2万人ほどでございます」


 2万人はデッドフォレスト領の人口の8割を超える。

 その数に、カールたちはゴクリと唾を飲んだ。


「……分かった。だが、休むと言っても何処で?」

「あの厩舎の後ろに従業員用の宿舎がございます。そこでお休みください」


 ヒエンが厩舎を指さして答えた。


「楽な仕事だったけど、今の話に寒気がしたぜ。早速だが、休ませてもらうよ」

「検疫が済んだら、ゆっくりお休みください」


 その後、ヒエンから血液を採取されたカールたちは、用意された快適なベッドや食事が与えられ、ゆっくりと休んだ。




 カールたちが戻った翌朝。

 ルディとナオミが輸送機に乗って飼育場に現れた。


「思っていたよりも広い場所なんだな」

「ワン! ハッハッハッ!」


 飼育場を見たナオミの歓声に、彼女が抱いていた興奮しっぱなしのコーギーが吠えた。


「コラ、くすぐったいから、やめないか」


 ナオミの顔をペロペロ舐めてくるコーギーに彼女は笑い、腕を伸ばして離した。


「本当に気に入ったんですね」


 その様子を見ているルディが握っているのは、3匹のコーギーに繋がれたリードだった。リードに繋がれたコーギーたちは、草原に行きたがって、ルディの付けているレガースをガシガシ噛んでいた。


「仕方ねーですね。お前はコイツ等、迷子にならねーように見張ってろです」


 ルディはそう言うと、コーギーの首輪からリードを外して解放する。

 そのコーギーを命令を受けたドローンが空を飛んで追い駆けるが、直ぐに立場が逆転して、コーギーに追い駆けられていた。



「ワン! ワン!」


 ナオミに抱かれていたコーギーが、草原に降りた兄弟を見て暴れ始める。


「ああ、お前も行きたいか……よし、行ってこい!」


 ナオミは抱いていたコーギーを地面に降ろしてリードを外す。

 残されたコーギーは解放された途端、3匹の後を追って草原を走りだした。


「すっかり元気になったな」


 草原を元気に走り回るコーギーにナオミが微笑む。


「そーですね。親が死んで落ち込む思ったですけど、野生の本能が元気に生きようとしてるです」

「生命というのは素晴らしいな」


 ルディの話にナオミが頷いた。




 しばらくすると、ムフロンの様子を見ていたヒエンがルディたちの前に現れた。


「マスター。お疲れ様です」

「ん? お前はヒエンだったですね。そっちもご苦労さまです。ムフロンの調子はどーですか?」

「今は涼しい季節なので、問題ございません」

「捕まえる季節、丁度良かったのかもです。そして、これが薬です」


 ルディがヒエンに渡したのは、ムフロン用の薬だった。


「調べたらアジアムフロンが家畜化して羊になったらしいです。ハルもムフロンを調べたら、そのアジアムフロンと遺伝子構造似てるみてーです。だったら最初からもこもこしてろ、分からねーよです」


 ムフロンの毛は真っすぐ伸びており、羊みたいにもこもこした毛ではない。その事にルディは文句を言うが、ヒエンは文句を言うのは筋違いだろうと思った。


「と言う事で、羊用の薬をアレンジして、危険な病気だけを死滅する薬を作ったです。まず数頭で試しやがれです」

「分かりました。リーダーと思わしき1頭に打って、経過を観測します」


 ルディとヒエンが会話している間に、宿舎からカールの家族が現れて、走り回るコーギーを見て驚いていた。

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