第293話 吹雪のタイガー
「安らかな眠りの霧よ」
吹雪の中、未確認の生物に向かってションが魔法を放った。
放ったのは、睡眠効果のある霧を発生させる魔法。すぐに眠らす事はできないが、霧を吸うだけで意識を微睡ませる効果があった。
だが、細かい水滴である霧は極寒の環境下だと直ぐ氷になるため、ションの魔法は効果がなかった。
「……親父、駄目だ。強風と寒さで霧が凍って効果がねえ!」
ションが顔をしかめて、後ろのカールに報告する。
「駄目か……仕方がない。ドミニク、襲ってきたらやるぞ!」
「分かった!」
ションと交代してドミニクとカールが前に出る。
フランツが2人に身体強化の魔法を掛けると同時に、彼らも魔法抵抗の魔法を自分自身に掛けた。
ドミニクとカールが未知の生物に近づくと、臥せていた生物が雪の中から立ち上がった。
全長3m。体毛は雪の様に白く、口からは長い牙が2本生えている。体格は遥か昔の地球で、サーベルタイガーと呼ばれていた生物に似た魔獣だった。
サーベルタイガーもカールたちと同じく、ムフロンの群れを狙っていた。
だが、後からカールの家族が現れるや、いきなり魔法を仕掛けてきた。
自身の魔法抵抗と吹雪のおかげで魔法は効かなかったが、邪魔をされたサーベルタイガーは不機嫌だった。
サーベルタイガーがカールたちを睨みながら距離を取り、ゆっくりと歩く。そして、不意を突いて、ドミニクに飛び掛かった。
ドミニクの戦斧と牙が衝突して、金属が打ち合った音が響く。
今のドミニクは魔法で身体を強化されており、動物の牙程度なら軽く叩き折れる。
だが、サーベルタイガーの牙は予想以上に頑丈で、叩き折れなかった。
サーベルタイガーが空中で体を捻って、離れた場所に着地する。
サーベルタイガーは体内のマナを使い、体を軽くすることが出来た。その効果は、柔らかい雪の上でも埋もれず、身軽に移動できる能力だった。
逆に、ドミニクとカールの足は柔らかい雪に埋もれて、まともに動く事が出来ずにいた。
「こいつは参ったな」
「親父どうする?」
苦笑いを浮かべるカールにドミニクが話し掛ける。
「どうするもこうするも、倒すしかねえだろ」
カールはそう答えると、身体強化された脚に力を入れる。
5mの距離を飛び、逆にサーベルタイガーへ襲い掛かった。
一瞬驚くサーベルタイガーだったが、好戦的な性格から、空を飛んで近づくカールを迎え撃とうと飛び上がった。
カールの大剣とサーベルタイガーの牙がぶつかり合う。引き分けかと思いきや、カールが衝突の勢いを利用して宙がえり。同時に足を蹴り上げた。
カールの足が顎にヒットして、不意を突かれたサーベルタイガーが悲鳴を上げる。
カールは空中で大剣を構え、雪の上に着地すると同時に、大剣を振り放った。
「覇斬‼」
カールの剣から黒い波動が放たれる。
サーベルタイガーは迫りくる黒い波動に目を開き、避けようとする。
だが間に合わず、頭と胴体が切断された。
「……お見事」
ドミニクは自分はまだ未熟だと思いつつ、カールを称えた。
「こんなのは経験の問題さ」
そう言って笑うカールが、動こうとして顔をしかめた。
「どうした、親父」
「足が雪に埋まって動けねえ。悪いが引っ張ってくれ」
「しまらねえなぁ……」
ドミニクは苦笑いを浮かべると、カールを引っ張り上げた。
この吹雪ならすぐに埋もれるだろうと、カールたちはサーベルタイガーの死体を放置して、ムフロンの群れに近づいた。
「吹雪のおかげで、気づかれてないな」
逃げていないムフロンの群れを眺めてカールが呟く。
昼でも吹雪で視界は不良。音と臭いも届かず、ムフロンの群れは一か所に集まって、互いの体温で暖を取っていた。
「ニーナ。眠りの魔法は効かないが大丈夫か?」
「問題ないわ」
当初の計画では、魔法でムフロンを眠らせて、1匹づつ捕まえる予定だった。
だが、先ほどのションが放った眠りの霧は、寒さで使えないと判明。
何か別の手段で捕まえる必要があった。
「フランツ、ション。やるわよ!」
「「了解!」」
ニーナの合図で、3人が同時に魔法の詠唱を始める。
すると、ムフロンの群れの周囲に魔法陣が現れて光り始めた。
魔法陣に気づいたムフロンが慌てて逃げようとする。しかし、その前に3人による合同魔法が完成した。
「出でよ、氷の檻!」
ニーナが大声を放つと、魔法陣の外周を、高さ2.5mほどの氷の壁が地面から現れた。
ムフロンは囲いの中で「メー、メー」と鳴きながら走り回る。だが、彼らに逃げる場所はない。中には氷に向かって体当たりをする個体も居たが、厚さのある氷の囲いは壊れずムフロンを閉じ込めた。
「ははっ。完璧じゃねえか!」
「任っかせなさい!」
褒めるカールに向かって、ニーナが胸を張る。
だが、氷の囲いを見てフランツが困り顔を浮かべた。
「ねえ、母さん」
「何かしら?」
「全部囲ったら、ムフロンを連れ出せないよ」
「……あら?」
ニーナが首を傾げる。
フランツの言う通り、フランツとションのマナを借りて、ニーナが作った氷の囲いには出入口がなかった。
そのせいで、ムフロンを連れ出すために壁を壊す必要があった。
「おふくろもしまらねえなぁ」
そう言ってションが肩を竦める。
3人の息子はお互いの顔を見合わせて、自分たちの両親は似た物夫婦だと笑っていた。
その後。
ションが一部の氷を溶かして出入口を作り、男全員でムフロンを1頭づつ捕まえて輸送機に運んだ。
ニーナはムフロンが逃げださないように、出入口の見張り番。
作業中、吹雪はさらに強くなり、猛吹雪の中の重労働で全員がへばったが、何とか全頭を輸送機に入れる事が出来た。
「いやー。寒くないけど冷えたぜ」
最後の一頭を連れて来たションが、疲れた様子で声を出す。
ヒートテックのおかげで寒くはない。むしろ、汗を掻いて逆に熱い。
それでも、吹雪の中の作業は精神的に冷えた。
「お疲れさまでした」
ソラリスが声を掛け、用意していた熱いお茶をションに渡す。
「ありがとう」
照れた様子でコップを受け取るションを、カールたちは微笑ましく見守っていた。
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