第295話 兵士の訓練

 草原でじゃれていたコーギーたちだったが、1匹がムフロンの群れに気付く。そして、残りの3匹も「アレは何? アレは何?」と、好奇心全開で柵に近づいた。


「ルディ。大丈夫なのか?」


 ナオミが疫病の感染を気にしてルディに質問する。


「アイツ等にもワクチン打ってるです。だから、安心しやがれです」

「そうか……」


 2人が会話している間に、コーギーたちは柵の隙間を潜り抜けて、ムフロンに近づいた。

 ムフロンは侵入してきたコーギーに警戒していたが、相手が小柄なのと、襲ってくる気配がない様子から安心する。そして、逆にムフロンの方が好奇心からコーギーに近づいた。

 コーギーたちはムフロンが近づいても全く警戒せず、むしろ「遊んで、遊んで!」とじゃれつく。すると、ムフロンの群れは、コーギーを自分の子供を守るのと同じように、群れの中へ押し込めてしまった。


 ムフロンに埋もれるコーギーの様子に、ルディとナオミが笑いだした。


「遊ばれてやがるです」

「まだ子供だから、仕方がないだろう」

「ですが敵対はしなさそうです。このままムフロンと育てれば、牧畜犬として成長してくれるでしょう」


 ヒエンの感想にルディが頷く。だが、ナオミは笑いを収めてルディに話し掛けた。


「なあ。やっぱり1匹を家の犬にしないか?」

「コーギーは家で飼うの大変ですよ」


 コーギーは人懐っこい性格だけど、暴れる、物を壊す、噛みつくなど、家の中で飼うには不向きな犬だった。


「面倒は私が見る!」


 宣言するナオミだったが、ルディは横眼でじとーと睨んだ。


「面倒くさがりなししょーにペットは無理です。飽きたらソラリスに押し付ける未来が目に浮かぶです」

「ぐぬぬ……」


 ルディの指摘に、自分でもそんな気がしてナオミが口を噛みしめた。




「なあ、ルディ君。あの犬はもしかしてコーギーじゃないのか?」


 カールはルディたちに近づくと、ムフロンに弄ばれているコーギーを見ながら質問してきた。


「おや? 師範はコーギーを知ってろですか?」


 カールがコーギーを知っている事に、ルディが目をしばたたかせる。


「800年前までは人間が飼っていたらしい。だが、魔族が人類を襲撃した時に、人間から逃げ出して行方不明になったと聞いている。俺も前に貴族の依頼で、あの犬を探した事がある。まあ、噂だけで実際は居なかったけどな」

「と言う事は、探せば他にも居るかもですね」


 兄弟で配合したら血が濃くなって、丈夫な子供が生まれない可能性が高い。

 ルディはせっかく見つけたコーギーの血統を絶やさぬために、別のコーギーを探せと電子頭脳を介してハルに命令した。


「なるほど……確かにあれはスタミナの化け物だ」


 ルディがカールと話している間、ナオミはコーギーをジッと観察していたが、何かに納得して呟いた。


「ししょー、何か分かったですか?」

「ああ、コーギーはマナを持久力に変換させている」

「ほう?」


 ナオミの話に興味が湧いて、ルディが話の続きを促す。


「あれが自然の中でも生き残っていたのは、おそらく無限のスタミナで逃げ回っていたんだろうな」

「なるほどです。それなら、なお牧畜犬として、良い仕事をしてくれそうです」


 ルディが納得していると、ムフロンの群れから逃げ出した1匹のコーギーが足元に近づいて来た。

 ルディがしゃがんで体を撫でまわす。コーギーは腹を見せて嬉しそうに体をくねらせた。




 ルディたちが、コーギーとじゃれ合っている頃。

 デッドフォレスト領の郊外では、壇上に立つ1人のアンドロイドの前で、大勢の兵士が直立不動で並んでいた。

 並んでいる兵士は労役兵が100人。デッドフォレスト領の守備隊から志願した兵士が100人の合計200人。


 彼らの前に居るのは、なんでもお任せ春子さんのアスカ。

 髪型は短めのボブカット。胸の名札には名前の横に斧が描いてある。

 彼女の疑似感情には、スパルタ系の苛烈な性格がインストールされていた。


 彼女は数日前まで、労役兵の伐採と薪割り作業を監視していた。

 だが、兵を鍛えるという命令を受けた彼女は、領地の極東から領都の郊外まで労役兵を連れ来た。


 彼女の前で直立不動で立つ労役兵を、一緒に並んでいた守備兵は不思議に思っていた。

 元々労役兵の彼らは、前領主が居た頃に賄賂や暴力などを行い、素行が悪かった。

 レインズが領主になった時、彼らは労役刑になり、重労働を課せられたが、それで性格が真面目になるとは思っていなかった。

 だが、今の彼らは顔中を痣だらけにして、まるでアスカがご主人様かの様に従順だった。その理由は……直ぐに分かった。




 10分以上、気を付けの姿勢で立たされて、元守備兵の姿勢が弛んだ。


「お前。何故、休んでいる?」


 その様子にアスカは壇上から降りて、一番近い兵士に質問する。

 その声は冷たく、質問された兵士の背すじが凍った。


「え、あ、いや……」

「私は休めと言ってない。何故、休んでいる?」

「その、疲れたので……」

「お前は疲れたからという理由で、上司の命令を無視するのか?」

「…………」

「戦場で敵に襲われて周りが戦っているのに、お前は疲れたら休むのか?」

「…………」

「戦場でふざけたマネしたら、私がお前を殺すぞ」


 相手はメイド服を着た女性。だが、声の冷たさに元守備兵の全員が身を震わせた。


「連帯責任だ。全員、腕立て20回!」


 アスカが声を張り上げて命令する。労役兵たちは直ぐに地面に伏せるが、元守備兵は訳が分からず戸惑っていた。


「聞こえなかったか? 全員腕立てだ。しゃがめ!」


 アスカが怒鳴り、目の前の兵士の足を払って転がす。

 すると、それを見ていた別の兵士が、アスカに歯向かった。


「おい、待てや。何で俺たちが女のお前の命れ……うぐっ!」


 兵士の話を最後まで聞かず、アスカが兵士の腹に強烈なボディーブローを放った。

 女性とは言え、人間の何倍の力を持ったアンドロイド。

 軽い一撃で兵士の体は崩れ、地面にゲロを吐いた。


「40回に追加だ。10秒待つ。全員が始めなければ、100回だぞ!」


 アスカの命令に、元守備兵の全員が慌てて地面にしゃがみ、両手を地面に付けた。


「9秒。ギリギリセーフだな。では、始め! 1! 2! 3! ……」


 アスカの声に合わせて、ゲロを吐いた兵士以外の全員が、腕立て伏せを開始する。

 おそらく、労役兵は今まで何度もこれと同じ事をさせられたのだろう。

 元守備兵は腕立て伏せをしながら、彼らが素直に従っている理由が分かった。

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