第292話 万全なお膳立て

 ルディがコーギーと出会う数日前まで、時間を戻す。

 カールの家族はルディの依頼を受けて、ソラリスが操縦する輸送機に乗っていた。

 今回カールたちが乗っている輸送機は何時もと異なり、ムフロンを運搬するために胴体部分を長く伸ばして、多くの荷物を積めるように改造されていた。


「凄い吹雪だね」

「こりゃ來る時期が悪かったな」


 フランツとションの会話にカールが苦笑いを浮かべる。

 季節は後数日で11月に入る。標高4000mを超えるコールドマウンテンは雪化粧で白く染まり、輸送機でなければ間違いなく来れない土地だった。

 輸送機は吹雪の中、時折風に煽られながら飛び続けて、ムフロンの群れから400mほど離れた場所に着陸した。


「着いたのかしら? 吹雪で外が見えないから分からないわ」


 ニーナの言う通り、輸送機から外を見てもホワイトアウトで外の様子が分からないでいると、ドアが開いて、ソラリスが客室に入ってきた。


「お待たせしました。ここから400mほど西に行くと、ムフロンの群れが居ます」

「数はどれぐらい居た?」

「17頭でございます」


 ソラリスがドミニクの質問に答える。


「17頭か……」

「計算では20頭までなら、この輸送機でも1度で運搬可能でございます」

「…………」


 ソラリスの話に全員が顔をしかめる。

 彼らの頭の中では、17頭を生け捕りにするのは大変だと考えていた。

 だが、ソラリスは彼らの考えを理解せず、無表情な顔で全頭連れてこいと遠回しに言う。なお、ソラリス本人に自覚はない。




「ムフロンを捕まえに行く前に、全員にワクチンを注射します」


 ソラリスはそう言うと、全員分の注射器を取り出した。

 用意したワクチンは、事前にハルがムフロンを調べ、危険な病原菌に感染しても重病にならず、投薬後も微熱が出ない薬だった。

 もちろん、彼らがムフロンを持ち帰った後、他の人間に接触する前に検疫はする予定。


「注射?」

「ワクチンとは?」


 注射とワクチンを知らないションとドミニクが質問する。

 ニーナとカールは、ニーナの癌治療の時にそれを知っているので、針を刺される事に顔をしかめた。


「ムフロンは人間に感染する病気を持っています。ワクチンを体内に入れれば、その病気に感染しても死に至りません」

「病気を持っている動物を飼育するの?」


 フランツの質問にソラリスが頷く。


「左様でございます。ただし、飼育する前にルディが危険な病原菌を全滅させる予定なので、問題ございません」


 ソラリスの話にフランツが凄いと感心する。


「時々ルディ君が神様に思えるよ」

「ルディはそう思われるのが嫌みたいですよ」

「アイツは一体何がしたいんだ?」


 奈落の魔女の弟子にして、料理人、ニーナの病気も治す医者。

 ションは何でも出来るルディについて、ソラリスに尋ねた。


「私には理解できませんが、イージーに生きたいと仰ってました」

「何となくルディ君らしいや」


 ソラリスの回答にフランツが笑うと、他の皆もその通りだと笑った。




 ソラリスはカールの家族に注射を打った後、用意していた荷物を取り出した。


「カール様。今回の報酬の前払いでございます。外へ出る前にお着替えください」

「これは?」

「防寒着でございます」


 そう言ってソラリスが渡したのは、カールの家族全員分の黒いヒートテック素材のインナーと五本指靴下、手袋、目元だけを開けたマスクだった。

 このヒートテックは、宇宙空間でも体温が維持できる高性能の素材で作られていた。これを服の下に着ていれば、雪山程度の寒さなら、何時間でも活動できる仕様だった。


「それと、この防寒クリームを顔と手に塗れば、素肌でも寒さを感じません。ただし、こちらは6時間ほどで効果が切れます」


 この防寒クリームも宇宙で作られた製品だった。これを塗れば-40度の環境下でも寒さを感じない。冷凍管理業者ご愛用のクリームだった。


 ソラリスから服とクリームの仕様を聞いて、カールの家族が半信半疑で着替え始める。

 なお、女性のニーナは、ソラリスの案内で別室で着替えていた。




 ヒートテックを着たカールの家族が、輸送機から外に出る。


「やべえよ、兄貴。本当に寒くない!」

「なんだこれ? すげー服だな」


 覚悟していた彼らだが、寒さを全く感じず、ションとドミニクが歓声を上げる。


「このクリームも良いわ。風が肌に当たっても寒くないわね」


 マスクから少しだけ露になった肌に、風が当たっても冷たさを感じない。その事にニーナが絶賛していた。


「よし、お前ら。ここまでお膳立てしてもらったんだ。ミスは許されねえぞ!」

 

 吹雪とマスクのせいで、大声を出さないと近くに居ても声が届かず、カールが大声で全員に話し掛ける。

 吹雪の吹き荒れる氷点下の活動は、外に居るだけで命の危険に晒される。カールもこの様な環境下での冒険は初めてだった。それ故、彼は何時もより慎重に行動しようと心がける。


「幸いと言うか、おそらくソラリスはわざわざムフロンの風下に船を降ろしたんだろう。近づく前に……まずは確認だな」


 カールが胸ポケットからスマートフォンを取り出して、MAPアプリを起動する。そして、熱源モードで確認すると、ムフロンの群れと輸送機の間に、別の生物を見つけた。


「……本当にこのスマートフォンは便利だな」

「親父、何か見つけたのか!」


 スマートフォンの画面を見ながら顔をしかめるカールに、ドミニクが大声で質問する。


「200m先に何かが潜んでいやがった! このまま進んだら不意を突かれていたかもしれん! ション、俺の合図でそいつを魔法で眠らせろ! 場所は近づいたら教える!」

「了解!」

「油断だけはするなよ!」


 カールの号令と同時に、カールたちは輸送機から離れた。

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