第291話 家畜化の危険性

 ルディがデッドフォレストの領主館に行った翌日の夜。

 風呂上りのルディがナオミの家のリビングで寛いでいると、ムフロンを捕まえて生態調査を終えたハルからの連絡が、ルディの電子頭脳に入ってきた。


『マスター。ムフロンの調査が完了しました』

「結果はどーですか?」

『人間と共存する病原菌は46種。その内危険なのは3種類ありました』

「やっぱりありやがったですね。ワクチンの作成を急げです。感染菌が師範たちに移ったらシャレにならねーですよ」

『イエス、マスター』


 ルディがハルとの通信を終えると、それを待っていたナオミが話し掛けて来た。


「なにやら物騒な話をしていたけど、相手はハルか?」

「正解です。今度デッドフォレストで飼う動物の話、してたです」

「ワクチンがどうこう言っていたが、その動物は病気持ちなのか?」

「ムフロンだけじゃねーです。野生の動物の家畜化は、感染症の危険必ずあるのです」

「ふむ……面白そうだ。詳しく聴こう」

「分かったです」


 好奇心旺盛なナオミに促されて、ルディは家畜化の危険性について説明した。


 人間が動物を飼育し始めると、触れ合う機会が多くなる。その分だけ人間が、動物と共存する病原菌に感染する危険性があった。

 それがどれぐらい危険かと言うと……遥か昔、スペインが南米のインカ帝国を征服した時、スペインが持ち込んだ最大の武器は、銃でも大砲でもなく天然痘だった。

 天然痘は感染から1,2週間潜伏した後、40度の高熱を発病、場合によっては死に至る。感染力は凄まじく、感染者から剥がれたかさぶたからは、1年以上感染力を保持する。

 天然痘に免疫のない南米の先住民は、スペインが持ち込んだ天然痘によって、2000万から200万人に減少した。




「その病気で1800万の人間が死んだのか……」


 ルディの話を聞いたナオミは、あまりの被害に愕然とする。


「人類が宇宙に出てからも、病気の問題は終わらねーです。新しい惑星に入植したら、惑星の風土病で入植者全滅。よくある話です。人類は伝染病との闘いを遥か昔からずっと続けているのです」


 そう説明しながら、ルディはこの惑星のマナも風土病に近いと思っていた。


「ん? だったら鳥は大丈夫なのか?」


 その質問にルディが首を傾げた。


「鳥? 例えば、サルモネラ菌は人間と共存する菌ですね。鳥の生肉はお腹壊すです。後はインフルエンザです。インフルエンザは元々鳥が原因ですけど、なんで急に鳥の話、したですか?」

「いや、エルフの里に行ったときに、私もお前もフォレストバードにもふもふしただろ? だから、どうかと思って」


 それを聞いてルディが笑った。


「なるほど。それなら、安心しやがれです。僕もししょーも既にインフルエンザのワクチン注射してるから、感染しねーです」

「私にも? いつの間に?」


 ナオミが目をしばたたかせる。


「ししょーがデーモンにぶっ殺されたかけた時、体治すついでに、危険な病気のワクチン、体に入れといたです。言ってなかったでしたっけ?」

「うむ……聞いてないな」

「それはスマンです。ついでに、一郎の体も調べてワクチン打ってるから、アイツからも病気は感染しねー、安心しやがれです」

「お前って、私の知らない裏で色々とやってるんだな」


 ナオミがツッコむと、ルディが肩を竦めた。


「感染対策はいつも惑星に降りる時にやってるから、常識だと思って言わなかっただけです」




 さらに数日後、ナオミの家にハルから命令されたドローンが、4匹の子犬を連れて来た。

 見た目は、茶色と白の体毛、胴は長めで脚が短い。ルディは最初にこの動物を見た時、何故ウェルシュ・コーギー・ペンブロークがここに居るんだと首を傾げた。


「……ハル。このコーギーみたいな犬ころは何ですか?」


 ルディが質問すると、ドローンを介してハルが答えた。


『おそらくですが、巡洋艦ビアンカ・フレアの乗務員が連れて来たコーギーが、野生化したと思われます』

「よくもまあ、1200年の間、絶滅しなかったですね」


 ルディとハルが話している間、4匹の子犬は疲れた様子でぐったりしていた。ルディの見立てでは、大きさからまだ生後2,3か月と思われる。


『私の計算でも絶滅せずに生存する確率は1%未満です』


 一度家畜化した動物は、普通なら野生に戻れず絶滅する。

 このコーギーが絶滅していなかったのは奇跡に近かった。


「それで、コイツはどこで見つけたです?」

『この森を捜索していたら、偶然、親の死体の前で泣いているところを発見したので連れてきました』

「……お前がコイツ等の親、殺したちゃうですね?」

『私が手出しする前に、親犬は既に死んでいましたよ』


 ルディがドローンを睨むと、すぐにハルから返事が返ってきた。


「それなら良いです」

「ぐぎゃぎゃが?(なあ、コイツ食べるのか?)」


 ルディと一緒に居たゴブリン一郎が、手話でルディに話し掛ける。


「一郎……犬なんて食べたら頭おかしくなるですよ。この犬っころは、これから僕たちの新しい家族になるです」

「ぐぎゃぎゃぎゃ!(非常食だな!)」


 ルディの話をゴブリン一郎が勘違いした。


「とりあえず、弱ってるみてーだから、治療タンクにどっぽんしとけです」

『イエス、マスター』


 ルディの命令にドローンはコーギーを連れて、家の地下室へと連れて行った。


「後は師範たちだけですけど、どーですかね」


 コーギーが家に入るのを見送ったルディが呟く。

 そのカールたちは数日前から、ムフロンを捕まえにコールドマウンテンに向かっていた。


 なお、後で家の中を元気に駆け回ってるコーギーに、ナオミが可愛さのあまり蕩けていた。

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