第290話 良い指導者

「ブートキャンプ?」


 カールの質問にルディが頭を左右に振った。


「その問題は後回しにしやがれです。今は師匠に依頼があって来たのです」


 そうルディが言うと、カールが笑顔で頷いた。


「分かった受けよう」

「まだ、何も言ってねーです」

「ルディ君にはニーナを救ってくれた恩がある。ドラゴンを退治しろと言われても、何も言わずに受けるぞ」


 ルディはその返答に呆れるが、レインズの子供たちはカールのセリフに惚れて、目をランランに光らせた。


「あんなトカゲ野郎、別にいらねーです。僕が欲しいのは、コールドマウンテンのムフロンです」

「ムフロン? んーー。聞いた事があるな。確か、北の方に居る動物だったかな?」


 ルディは首を傾げているカールに、デッドフォレスト領でムフロンを飼育するため、そのムフロンを生きたまま捕りたい事を話した。


「なるほど、依頼内容は分かった。もちろん、その依頼は受けるぜ。特に、未来の子供たちのためというのが気に入った」

「師範ありがとうです」


 ルディが頭を下げると、それを見てカールが声を出して笑った。


「はははっ。まるでルディ君がここの領主みたいだな」

「それはレインズさんが良い領主だからですよ」

「ほう?」

「良い政治家が良政を行えば、国民は自然と国の為に働くです。逆に悪い政治家が悪政を行えば、国民は国を見捨てて出ていくです。だから、レインズさんには頑張って欲しいです」

「はっははははっ。そいつは格言だ。俺の兄貴にも聞かせてやりたいぜ」


 ルディの話にカールが腹を抱えて大笑い。

 レインズの息子のダニエルは、ルディの事を尊敬の眼差しで見上げていた。




 カールが詳しい話を聞く前に汗を流したいというので、ルディはフランツに案内されて、カールの家族に割り当てられた部屋で待っていた。

 なお、レインズの子供たちはお勉強のため、迎えに来た家庭教師に連れ去られてお別れ。


「客間なのに質素です」

「昨日の晩餐の時に聞いたけど。レインズさん、この館でお金になりそうな物は、全部売り払ったみたいだよ」


 ルディが客間を見回していると、フランツが理由を話した。


「あの人、時々もの凄く自分にストイックだから、怖えーです」

「普通の貴族じゃないのは確かだね」


 ルディの冗談にフランツが笑っていると、カールとドミニク、街へ買い出しに行っていたションが部屋に入ってきた。


「ようルディ!」

「兄貴チィースです」


 ルディに会えて嬉しそうなションに、ルディが手を挙げて挨拶をする。


「今日はソラリスさんは一緒じゃないのか?」

「ソラリスはルイちゃんの送迎で後……2時間ぐらいで帰ってくるですか?」


 指時計で時間を確認してルディが答えると、ションは少しだけ落ち込んだ。


「まあ、コイツの叶わぬ恋心は放っといて、今回の依頼の話をしよう」


 カールはニヤニヤ笑いながら席に着くと、後ろでションが「違う、そうじゃない。え、叶わないの?」とギャーギャー騒いだ。


「……兄者ってもしかしてソラリスの事、好きなのですか?」


 ションの恋心を知らなかったルディが、目をしばたたかせた。


「えっと、うん、実は……」


 ルディの質問にションがもじもじしながら答える。


「ふむ……まあ、せいぜい頑張りやがれです。だけど、アイツの心の壁はかなり頑丈で分厚いですよ」

「え? 良いのか?」

「別にアイツが了解するなら、僕は構わねえです。だけど、アイツは子供作れねーから、結婚してーんだったら子供は諦めろです」

「それはどういう意味だ?」

「本人に聞きやがれです。まあ、それが聞けるまで発展出来ればの話です」


 ルディは付き合いを許可したが、無理だろうと思っていた。

 それでも、恋愛はソラリスの感情に刺激を与えるかもと、考えて許可を出した。




 雑談が済んだところで全員が落ち着き、今回の話をすると、カールから要望が出た。


「冒険で一番大変なのは、移動なのは分かるかな?」

「もちろんです」


 カールの話にルディは頷くが、実はあまり分かってない。


「今の俺たちに馬車がない。だから、どこかで馬車を借りてコールドマウンテンまで移動したとしよう。そこで直ぐにムフロンを見つけて生け捕りにしたとしても、帰るまでに5カ月は掛かる」

「……それだと戦争に間に合わぬです」


 そうルディが答えると、全員が頷いた。


「その通りだ。そこで、ルディ君が持っている空を飛ぶ船。あれで俺たちとムフロンを運ぶのはどうだろうか?」

「なるほど、そー言う事ですね。問題ねーですよ」

「良かった。それなら数日で依頼を終わらせられると思う」


 ルディの返事にカールが安堵する。

 彼は依頼を受けると言った手前、断れなかった。かと言って、優先するのは戦争。

 ルディが輸送船の使用を拒否したら、この依頼を断ろうと思っていた。


「それにしても、パッと依頼をこなせるなんて、さすが師範です」


 ルディが褒めると、全員が手を左右に振って苦笑いを浮かべた。


「いやいやいや。移動手段が便利すぎるから、こんなのは誰でもできる簡単な依頼だぞ」

「そーなんですか? それで、報酬は何が良いですか? 好きな物を言いやがれです」

「いや、ルディ君から報酬は受け取らないよ」


 カールの返事に、ルディが腕を交差してバッテンを作った。


「それはダメー。金なら王太子からがっぽり貰うから、安心しやがれです。武器、防具、金。寒い所に行くなら、防寒着なんてどーですか?」

「防寒着?」


 防寒着にカールたちが反応する。


「そーです。雪の中でも暖かく、風を通さない服です。これからの季節にはお勧めですよ。今なら肌に塗るだけで寒さを感じない、防寒クリームも付けて、なんと報酬そのまんま。如何ですか?」


 通販ショップのノリでルディがお勧めすると、カールたちは顔を見合わせて笑い、今回の依頼の報酬は防寒具で手を打った。

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