第288話 未来の子供たちのために

 ルディがレインズの執務室の扉をノックすると、部屋の中から「入れ」とレインズの声が返ってきた。


「お邪魔するでやんす」


 ルディが扉をそっと開けて中に入ると、報告書を読んでいたレインズがルディに気付いて目をしばたたいた。


「おおっ⁉ ルディ君か。丁度良かった。ルネがルディ君に会いたがってたんだ。もし、忙しくなかったら、会ってくれないか」

「それなら心配ご無用です。さっき、ニーナさんと一緒に特攻……違う、突撃されたです」


 それを聞いたレインズは上を向いて「あーー」と呟くと、ルディに頭を下げた。


「なんか、スマン」

「気にしてねーです。それよりも忙しそーですね」


 ルディがレインズの机上にある山積みの書類を見て、大変そうだと話し掛けた。


「いや、別に忙しくないぞ。俺が居ない間もイエッタたちが仕事をしてくれたからな。この書類は全部報告書だ」

「なるほどです。レインズさんは良い上司ですね」


 ルディは宇宙に居た時、仕事先の相手の上司が怠慢で、苦労している姿を散々見ていた。そんな上司とは逆に、真面目に働くレインズを感心した。


「いや、そう面と向かって言われると照れるな。ただ……いや、なんでもない」

「……?」


 レインズは王都で決まった傭兵の派遣やら、労役者を兵士にするなど、領地に帰ってから考えようとしていた問題が、既に提案書として出来ていた事に驚いた。

 そして、その犯人に目星を付けていたが、確認しても本人は知らん顔するだろうと問いただすのを止めた。




「ところでルディ君」

「なーに?」

「草原の南側で養豚場を作る話だが、規模を拡大しないか?」

「ほうほう? 詳しく聞いてやるです」


 ソラリスが作成した設計書の追加仕様には、フロントライン川東の草原で養豚場を作る計画が盛り込まれていた。

 これは領民からの要請でもあったので、レインズは設計書を流し読みして問題がなかったので許可を出した。

 ところが、王都で養豚場の作る予定だという生ハムを食べて、その美味しさに仰天した。


 そこでレインズは考えた。

 デッドフォレスト領にある広い草原は、フロントライン川より高台にあり、水資源が少なく、農地にはあまり向かない。

 だが、ルディが建てた風車により、ある程度の水が確保できるようになった。そして、デッドフォレスト領では今まで産業という物がなかった。

 それならば、今まで活用できなかった無駄に広い草原で、何種類もの飼育場を作って、産業に発展させたいと思った。


「……なるほど、なるほどです。それは僕も大賛成です」


 ルディがレインズの話に、うんうんと頷く。

 美味い肉の種類が増えるのは、ルディとしても大歓迎だった。


「そこで、ルディ君。君なら豚の他に、何の動物を育てる?」

「そーですね。チョイと待ちやがれです」


 ルディは即答を避けると、電子頭脳からナイキの監視衛星にアクセスする。そして、デッドフォレスト領の北に聳える山脈を調べ始めた。

 高地なら居るだろと目星を付けて、正解。目的の群れを見つけると、にんまりと笑みを浮かべた。


「名前分からねーですけど、デッドフォレスト領の北の山脈に、体毛の長い動物居るですが、知ってるですか?」


 ルディが見つけたのは、体つきは山羊に似て中型。頭には後ろに曲がった太い角が生えている、体毛の長い動物だった。

 この動物なら体毛を刈ればウール糸になる。気候が寒い地方のデッドフォレスト領では、丁度良い素材だった。


「コールドマウンテンに? いや、知らんな」


 どうやらデッドフォレスト領の北の山脈はコールドマウンテンと言うらしい。名前を聞いたルディは、ハルに地図の名前を入れるように命令する。

 だが、ルディの言う動物はレインズも知らず、彼はベルを鳴らして行政官長のナッシュを呼んだ。




「失礼します……おや? ルディじゃないか、久しぶりだな」


 部屋に入って来たナッシュが、ルディを見て笑みを浮かべる。

 彼は以前、牢獄に囚われていたが、ルディに助けられた過去があり、今の自分が生きているのはルディのおかげだと、恩を感じていた。


「ナッシュさん、久しぶりです。お元気ですか?」

「一時はレインズ様を殺したくなるほど忙しかったが、最近はようやく落ち着いて来たかな」

「おいおい、物騒だな」


 ナッシュの冗談にレインズが苦笑いを浮かべる。

 そして、ルディが教えた動物の特徴を話して名前を尋ねた。


「なんだ、知らないのか? それならムフロンだぞ」

「ふむ……そういえば、子供の頃にタイラーから、そんな動物が居ると、名前を聞いた記憶があるな」

「と言うか、お前の兄貴の遺品にその糸を使った服が残っているぞ」

「……マジ?」


 ナッシュの話に驚き、レインズが目を見開く。


「たぶん、冒険者に依頼して毛を刈ってきたんだろうな。冬に着ると暖かいらしい。かなりの高級服だぞ。後で持って来てやるよ」

「そのムフロンは捕まえて飼育しねーですか?」


 ルディの質問に、ナッシュが顔をしかめた。


「コールドマウンテンは危険な魔物が生息している場所だ。力のない平民がわざわざ死人を出してまで捕まえない。それに、あれは夏に弱いから、育てるのが難しいぞ」


 ナッシュの話によると、ムフロンは夏になると毛を刈っても、体力が落ちて死んでしまうらしい。


「……今まで冬は何、着てたですか?」

「ん? 普通にこれだが?」


 ルディの質問に、レインズとナッシュが自分の服を引っ張る。

 彼らの服は、麻服の上に風を通しにくい皮服を着た格好だった。


「ずいぶんとお寒い格好です」

「まあな」


 そうルディが言うと、レインズが苦笑いを浮かべた。


「冬にウールの服着ると暖けーから、赤ちゃんの生存率上がるですよ」

「なるほど。この地方は寒いから確かにそうだな。けど、育てようにもナッシュの話を聞く限り、ムフロンは直ぐに死ぬらしいぞ」

「家畜化されてねー野生の動物、環境の変化に弱えーです。だけど、世代を重ねれば、環境に慣れて家畜化できるですよ」

「それはそうだが、大変だぞ」

「何事もやらなければ、前に進めねーです。今じゃなく、未来の子供のために頑張ろうです」


 ルディの話にレインズが頷いた。


「今じゃなく、未来の子供のためか……そうだな。ルディ君の言う通り、誰かがやらなければ何時まで経っても始まらない。草原で育てる家畜にムフロンも含めよう」


 レインズはそう決めると、ルディが悪戯っぽく笑った。


「ちょーど今、この館に凄腕の冒険者居るですね。捕まえに行ってもらうと良いですよ」


 それが誰の事か分かったのか、レインズとナッシュが笑った。

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