第286話 生物学的、美の追求

 イエッタが紅茶を入れに行っている間、イエッタが居なくなったソファーにニーナとルネが座った。


「まあ、なんとなーく、こんな展開は予想していたです」

「さすがルディ君ね」

「男は力を誇示して、女は自分を美しくさせるです。これ人間に限らず、種族維持を求める生物の摂理よ」


 そうルディが答えると、2人は納得した様子で頷いた。


「今まで美しくなりたいと思っていたけど、何故そう思うのかは考えた事がありませんでした。だけど、今の話を聞いて納得しました」


 ルネの話に続いてニーナも口を開く。


「男の人って時々変な事をするけど、あれも求愛行動の一つだと考えたら納得するわ。馬鹿だと思う反面、こっそり格好良いと思うもの……」

「確かにそうね……」


 それを聞いてルネが頷いた。


「生物でも人間でも、意味ふめーな行動、実は全て理由があるのです」

「そうなの?」

「そーなのです。例えば……そーですね。同性愛は知ってるですか?」


 それを聞いた2人の女性が顔を赤くする。

 ルディはその様子から、意味を知っていると判断して話を続けた。


「そんなに恥ずかしがる事ねーです。人間以外の動物も同性で交尾するですよ。では、何故子供が作れないのに同性で交尾をするか? 実はそれも種族維持なのです」

「チョット待って。子供が作れないのに種族維持なの?」


 ニーナにルディが頷き返す。


「種族が増え過ぎると、食料不足で逆に滅亡する危険あるです。だから、人口が増加すると、性欲解消に同性愛者が増える傾向あるのです。逆に人口が足りねーと、バンバン子作りして子供増やすです。これ、人間に限らず全ての動物で同じよ」

「よくできた仕組みね……」


 ルディの話に思わずルネが呟いた。


「生物の行動を見て、何故その様な行動をするのかを種族維持の観点から分析するです。そして、それを人類の正しい方向へ導くのが生物学です」


 そうルディが締めくくっているとノックの音して、お茶を運んだイエッタが部屋に入った。





 イエッタがお茶を配って一服したところで、ルディが話を始めた。


「そろそろ化粧品の話しやがるです」

「そうね。いきなり種族の維持とか聞いて驚いちゃった」

「ただの雑学です」


 ルディは呟くニーナに答えると、化粧品について話し始めた。


「別にルネさんに化粧品を売るのは問題ねーです。ただ、それがどこまで連鎖するのかが問題なのです」

「連鎖とは?」


 ルディの話にルネが首を傾げた。


「今回、ニーナさんが化粧をしてルネさんに会った。そして、ルネさんはニーナさんの化粧に嫉妬して、自分も美しくなりたいと思ったです」

「私はそんな、嫉妬……いえ、確かにそうね。嫉妬したのかも知れないわ」


 恥ずるルネにルディが微笑んだ。


「これも別に恥ずかしがる事ねーです。芽生えた嫉妬を自覚させまいと潜在意識の中に封じ込め、相手を褒めて美しさを求めようとする。これも生物学的に考えれば、当然の行動です」

「なるほど、分かったわ! 女性が女性に嫉妬するのって、異性の心を掴んで子供を産むという、生物学的な目的の邪魔になるからなのね」

「そのとーりです」


 言いたい事を言い当てたニーナにルディが頷く。


「ルネさんがニーナさんと同じ化粧をして他の女性に会う。当然、その女性はルネさんに嫉妬するです。すると、どーなるですか?」

「そうね……何としてでも私から化粧品の事を聞き出そうとするわ」

「だけど、化粧品は無限にあるわけじゃねーです」

「作って売ったりする気はないの?」

「僕、別に金に困ってねーし、化粧品に興味ねーです」


 ニーナの質問をルディが拒否すると、話を聞いていたイエッタが横から口を挟んできた。




「ルディ。化粧品の提供がなければ、デッドフォレスト領の経営に支障が出る可能性がございます」


 普段はマスターと呼んでいるイエッタが、他人の前なのでルディを名前で呼んだ。


「何故?」

「封建制の貴族階級では、婦人同士の社交によるビジネスが重視されております」

「そこで妬まれると、ハブられるですか?」

「左様でございます」

「だったら、ルネさんには化粧品売らねー方が良いと思うです」


 ルディの返答にルネが顔を曇らせた。


「実はそれも問題がございます」

「どんな問題ですか?」

「従来の白粉は、人体に悪影響のある毒成分が含まれております」

「……そうなの?」

「はい。製造に鉛白が使われている物が広まっております」


 ルディはイエッタの話から、ナイキのデーターベースにアクセスして鉛白の成分を調べた。


「ん……鉛中毒ですか? 確かにあまりお勧めできる物じゃねーですね」

「肌に塗るだけなら直ぐに中毒は起こりません。ですが、使用者が女性なので、子供が口に含む危険がございます」


 ルディとイエッタが話している正面では、ニーナとルネが今まで使用していた化粧品が毒のある物だと知って、顔を青ざめていた。




 ルディは、毒性のある化粧品をこのまま使い続けていても、人類は滅亡しないと考えた。

 その理由は、化粧をするのは貴族など上流家庭に限られており、庶民には高価な品なので、化粧をしない女性の方が多かったから。

 だが、このままデッドフォレスト領が栄えたら、庶民も裕福になって毒性のある化粧品を使うかもしれない。それは、あまりよろしくない。

 それに、ルディ個人としても、女性の悩みを意固地になって突っぱねるのは男として情けない。なので、イエッタに従って化粧品を作っても良いかと思った。


「イエッタ。化粧品を生産するとして、材料はどーするですか?」

マイカ白雲母で作るのはどうでしょう」


 イエッタの返答を聞いて、ルディが顔をしかめる。


「どうでしょう言われても、僕、化粧品について詳しく知らねーです」

「マイカなら肌に優しいですし、広く分布している雲母ですので見つけやすいです」

「ふーん。だったら、お前が主体で化粧品作りやがれです。それまでは、僕の方で最低限の化粧品を提供する。これでどうですか?」

「畏まりました」


 ルディが許可を出すとイエッタが頭を下げた。


「ルディ君、ありがとう。それとイエッタ、私たちも協力するわ」

「ルディ様、ありがとうございます。それと私も是非協力させてください」


 ニーナとルネがお礼を言ってきたから、ルディがイエッタを指さした。


「礼を言うならイエッタに言いやがれです」


 ルディがそう言い返すと、2人は改めてイエッタに頭を下げた。

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